9 北荒 玄武の国の魔導師(2)
「へへっ、本当だ。眸が紫色か」
金獅子の若者は、にやにや笑いながら、リーユエンを押さえつけた。地面に寝転がったまま身動きできない状態で、リーユエンは、のしかかってくる若者を呆然とみつめた。その男が何をするつもりなのか、まるで理解していなかった。男は、まだ押さえつけたまま、リーユエンの顔にかかった髪をかき揚げ、まじまじとのぞき込んだ。
「うーん、左側は悲惨だが、右側だけなら、すげー美人じゃないか。ちょうど、女切らして退屈してたんだ。代わりに犯っちまおうぜ」
もう二人金獅子が寄って来ると、他から見えないように二人を取り囲んだ。金獅子の若者は、突然リーユエンの右足を自分の肩へ担ぎ上げ、下半身から衣を剥ぎ取ろうとした。
「何してんだい、おまえらっ」
突然頭上から怒鳴り声が響き、ボコッ、ボコッ、ボコッと、金獅子たちは頭を堅いもので殴りつけられた。
「痛っ、何するんだっ」
彼らの背後に大きな玉ジャクシを持ったオマが、恐ろしい形相で仁王立ちしていた。
「あんたらっ、その子は、この隊商の金主だよ。舐めた真似してんじゃないよっ」
金獅子は、オマの巨体にびくっと体を強張らせたが、
「金主だと、こんなチビが大金持っているわけないだろ。出鱈目言うなっ」と、言い返した。
「おい、おまえら、何してんだ。この隊商の大切な金主に無礼を働いたのなら、隊商から追放するぞ」と、オマの背後からさらに大きな禿頭のカリウラが現れ、ドスを効かせた声で話しかけた。
「・・・・・」
金獅子はすっかり大人しくなり、こそこそと退散した。
カリウラは、地面に倒れたままのリーユエンの傍に行き、跪いた。
「悪かったな、ひとりにするんじゃなかったよ」
のろのろと立ち上がったリーユエンは、衣を直しながら、
「どうしよう、血が流れ落ちたかもしれない」と、左側の甲の傷を見せた。
カリウラは、火傷のあとが開いて血が滲み出る甲を見て、ため息をつき
「とりあえず、止血しよう」と言った。カリウラが、血止め薬を取り出し、リーユエンの左手に塗りつける間、彼はオマを見上げ、
「助けてくれてありがとう」と、礼を言った。オマは、リーユエンに近づき
「あんたは、まだ小さいから、ひとりにならない方がいい。カリウラ、あんたがいない時は、この子を赤天幕まで連れておいで、ひとりにしておくなんて、不用心すぎるよ」と、オマは怖い顔をして、カリウラに詰め寄った。
「分かったよ。今度から気をつけるよ」
カリウラは顔を引き攣らせて、オマへ言った。
「もう、大丈夫だね。本当、気をつけるんだよ」と、言い置き、オマはのしのしと赤天幕へ戻っていった。
オマが行ってしまうと、カリウラはリーユエンへ、
「獣の奴、よく出てこなかったな」と話しかけた。すると彼は
「出てこなくていいって言ったんだ」と、言うので、カリウラは驚き
「どうして、そんな指示を出したんだ。おまえ、さっきは、もうちょっとで・・・・」と、それ以上は言い淀んでしまうと、彼は
「隊商の中で騒ぎを起こしたらまずい。あいつが出てきたら血を見ずにはすまない」と言った。
リーユエンの言う事にも一理あるが、華奢で小柄な体つきの彼は、乱暴者の金獅子や、気の荒い荷物運びには、格好の餌食に見えるようだと、カリウラはさっきの出来事で改めて自覚した。カリウラ自身は、弟みたいに思っているので、そんな風な目で彼を見たことがなかったが、オマの言う通り、決して目を離してはいけないと思った。
その夜、あの金獅子の若者たちは、真夜中に雪猿に襲われた。
天幕の中で熟睡中だったところを雪猿三匹に襲われ、ひとりは体を引き裂かれて死亡し、他のふたりは辛うじて逃げ出し、軽傷で済んだ。死んだのは、昼間リーユエンに乱暴しようとした若者で、彼を押さえつけたとき衣に血がついてしまい、それに気がつかず、そのまま眠って襲われたのだ。隊商の中は、大騒ぎになった。




