9 北荒 玄武の国の魔導師(1)
カリウラは、殊勝な態度を取られて胸がきゅっと詰まってしまい、顔が赤くなった。
「ああ、ついて行くから、何も心配しなくていい。俺たちの間に遠慮はいらない」と、視線を逸らして言った。
その後、数十日をかけて東荒を抜け、さらに数ヶ月をかけて中央大平原まで旅した。そして、狐狸国へ行った。彼らの持ち込んだ財宝が評判を呼び、ミンズィの父親で、狐狸国の商業大臣を務めるシェンズィと知り合った。彼らの財宝は、シェンズィの弟ハオズィの商会が預かってくれ、それを元手に隊商を立ち上げた。その時、元手の一部を使い、リーユエンは妙なものばかり買い集めた。
ハオズィは、自身の商会の中庭に運び込まれたその妙な品物の山を見て、首を傾げた。
「ヤツメウナギの燻製十樽、乾燥ヨモギの袋詰めが百袋入り一樽を十樽、牛黄が五十個、犀角が五十本、乾燥霊芝が百本、乾燥薬用人参を百本、乾燥陳皮百袋入り一樽を三十樽って、一体何ですかこれは、薬問屋でも始める気かね?」
ハオズィの横で、カリウラは肩をすくめた。
「さあ、俺には分からん。リーユエンがこれを玄武の国へ持ち込んだら、高値で売れるといって、仕入れてきたんだ。俺には、あいつの考えていることがさっぱり分からない」
ハオズィは眉尻を下げ、細い目をさらに細め、口をへの字に曲げた。
「まあ、資金はおありなのだから、好きにされたらいいけれど、売れ残ってもこんなもの引き取り手がないかもしれない。玄武の国から、また持って帰るとなると、本当に面倒なんですがねぇ。玄武の国での最近の売れ筋は、毛皮の加工品や、乾燥果物や、茶葉なんですよ。こんな薬くさい品物が人気になったことは一度もありませんよ」
ハオズィの言葉に不安を感じながらも、カリウラは川の氾濫を言い当てたリーユエンが、何の根拠もなく気まぐれで仕入れてきたわけではないだろうと思った。ただ、自分たちは素人なので、本当に大丈夫なのかと心配ではあった。
その夜、ハオズィや自分の危惧する気持ちを、カリウラはリーユエンに直接伝えた。するとリーユエンは
「玄武の国へ着けば分かる。これは、今年の冬に限って、あの国では絶対に必要になるものなんだ。だから、持っていかないといけないんだ」と、カリウラへ話してくれた。そう聞いたら、もう、カリウラは、リーユエンをただ信じるしかなかった。
中央大平原と北荒の間は、広大な永久凍土の荒地と、その後岩だらけの山地が続く。真冬になると凍りつき、地吹雪が舞い、たびたび嵐に襲われる。そのため、冬が到来する前に、荒地を渡り切り、山越えする必要があった。狐狸国で秋の気配が深まる頃、彼らは真冬になる前の到着めざして、北荒を目指した。
その年は冬の到来が早かった。途中の凍土地帯で、嵐に遭い、荷駄と荷運びの蒼馬が何人か犠牲となった。リーユエンが仕入れた品物は、彼とカリウラのふたりで、死守した。周りからは、役に立たない荷物ばかり気にする勝手な金主だと、すっかり白い目で見られたが、リーユエンはまるで気にしなかった。
カリウラと違って、まだ体の小さい華奢なリーユエンは、他の者から軽く見られがちだった。カリウラが片時も目を離さないように気をつけていたけれど、そでれも少しの間、一人になってしまうこともあり、そんな時に、気の荒い荷運び人に絡まれて難儀することもあった。
そんな彼の様子を、赤天幕で賄いを務めるオマも気がつき、遠目に様子を見るようになった。オマは、熊族の女で、亭主を最近事故でなくし、金を稼ぐために、隊商の賄いになった。転身すれば大熊になるので、体格は金獅子の男と並んでも遜色ないほど立派だった。オマのつくる食事は、皆の胃袋を鷲掴みにしたけれど、一旦怒ると誰よりも恐ろしい女で、オマには決して逆らうなというのが、隊商の中での暗黙の約束だった。
ある日、カリウラはミンズィに呼ばれ、朝から彼の天幕へ出かけていった。リーユエンは、ひとりで出発に備えて、天幕を分解し袋へ詰めていた。それをいきなり、後ろから突き飛ばす者がいた。
「ケッ、役立たずのチビがこんなところで何しているんだ?おまえみたいなチビに、天幕なんかいらないだろう。それを、さっさと俺たちに寄越しなっ」
と、臨時雇いの金獅子の若者数人が、彼から天幕を取り上げようとした。
「ダメだよ。それは、カリウラが使っているから、返して」
止めようとしたリーユエンをまた金獅子が乱暴に突き飛ばした。彼は地面を転がり、手を擦りむいた。
「あっ、・・・」
左手の甲の皮膚が破れて、みるみる血が滲み出てきた。
「何だよ、ちょっと血が出ただけだろう」
「へっ、おまえ、よく見たら、右側は女の子みたいで可愛いな」




