8 東荒の洞窟(5)
黒い岩は、脆く崩れやすかった。足元に気をつけながら、紅目の獣を先頭に、リーユエンを背負い、カリウラは後へ続いた。正午から二時間ほど経った頃、紅目の獣が突然止まると、彼を振り返った。
「ほら、洞窟があるだろう」
獣の鼻先、十丈ほど離れた崖に大きな割れ目があった。大人五人が横に広がったまま、余裕で通れそうな幅があった。ただ、穴の中は真っ暗で、冷たい空気が吹き出していた。
「あの中へ入るのか?」
できれば入りたくないなと思いながら、カリウラは尋ねた。しかし獣は
「入らなければ、手に入らないから当然だ」と言った。
「手に入らないって何がだ」
尋ねるカリウラに、獣は「ついてくれば分かる。リーユエンを背負ったまま、俺について来い」と言った。
洞窟の中は、金属が焼けたような独特の匂いがあった。しばらく進むと、突然大きな空間が現れた。夜目の効くカリウラは、天井の高さが十丈以上あり、地面も十丈以上の広さがあると、瞬時に見積もった。それから、床から突き出したように見える、巨大な肋骨の林に気がついた。
「こ、ここって、もしかして・・・」
紅目の獣が振り返ると、ニヤッと笑ったような気がした。
「そうさ、ここは火竜の巣穴だ」
カリウラは恐ろしさにヒイッと息を飲み、回れ右して逃げ出そうとしかけた。だが、紅目の獣が「安心しろ。ここの竜はもう死んだ。あの肋骨は屍体だ」と言った。
「カリウラ、私も屍体を見たいから、下ろして」と、リーユエンからも話しかけられた。
しゃがんだカリウラの背から降りると、リーユエンは竜の肋骨が木のように突き出たあたりへ近寄り、うろうろと何かを探し回った。
「あったっ」と、珍しく大きな声で、何か石塊のようなものを拾い上げた。子供の頭くらいもある石塊で、足元がよろめいたので、カリウラは駆け寄り、その石塊を持ってやった。ずっしりと重かった。
「この石がどうかしたのか?」
リーユエンは、カリウラが持つ石をのぞき込みながら、
「これは石じゃない。竜の心臓の化石だよ」と言った。竜と聞いて、カリウラは危うく石塊を投げ出すところだった。けれど、リーユエンは大真面目な顔つきで
「これには、膨大な魔力がこもっている。この竜はどうやらかなり長生きして死んだようだ。化石化してもこれだけ大きんだから・・・魔導士に売りつけたら・・・」
突然、言葉が途切れ、リーユエンはその場でぼんやり立ち尽くした。紫の眸が中空の何もない場所をじっと見ていた。
「あなたは誰?どこにいる・・・北荒 玄武の国・・・ヨーダム老師」
しばらくして、我に戻ったリーユエンは、今度は竜の頭蓋骨の下あたりへしゃがんだ。すると、紅目の獣もそばへ来て
「見ろ、竜の財宝だ。随分溜め込んでいる」と、彼へ話しかけた。そこには、色とりどりの宝石、玉、いつの時代のものとも知れない金貨が無数に散らばっていた。彼らはそれをマントにくるみ、運び出した。
山の麓まで降りると、カリウラはリーユエンに尋ねた。
「これから、どうするつもりだ」
「私は、中央大平原へ行き、そこから隊商に参加して北荒へ向かう。カリウラはどうしたい?東荒に残るのなら、竜の財宝は半分持っていってくれたらいいよ」
リーユエンは、淡々と言った。カリウラは、ここまで苦労をともにしてきたのに、どうしてこんなに冷めた態度しか見せてくれないのかと、ちょっと悲しい気持ちになった。
「バカな事を言うな。せっかくここまで一緒に来たんだから、中央大平原だろうと、北荒だろうと、どこまでだって一緒についていくよ。第一、おまえひとりだと、あの獣に生気を抜かれるたびに歩けなくなるんだぞ。それで、どうやって、中央大平原まで移動する気なんだ?」
リーユエンは、カリウラを見上げ
「じゃあ、一緒に来てくれるんだね」と言い、彼の手を右手でそっと握ると
「ありがとう」と言った。




