8 東荒の洞窟(4)
「生気を与えるってどういうことだ?」
カリウラの問いに、リーユエンは肩をすくめ、
「私の生きる力みたいなもの?」と、答えた。
カリウラは「そんなものを与えたら、おまえが死んでしまわないのか?」と、心配した。
「死なない程度に取っていくみたいだよ。ただ、力が抜けて困るけれど・・・」
カリウラは、これは俺がついて行ってやらないと、絶対ダメだと思った。
その後、リーユエンとカリウラは、東進し続けた。行く先々で、リーユエンは、血止めに使えそうな薬草を見つけては、すり潰して試していた。火傷の後は皮膚が薄く、出血しがちだったし、蔓草の棘に引っ掻けただけで、何日も血がじくじく流れ続けたりするのだ。ただそれだけならいいのだが、その血に惹かれて、真夜中に突然凶暴な獣に襲われることもたびたびだった。そのたびに、あの紅目の獣が現れ、すべて仕留めた。ただ、その後、リーユエンからかなりの量の生気を奪 ってしまい、結局カリウラがリーユエンを背負って移動し続けた。
「リーユエン、俺たち一体どこまで東へ進むんだ?」
「獣が案内してくれる。あいつが止まれというまで進むんだ」
その日も、彼を背負い、カリウラは、U字峡谷の深い谷底を進んでいた。東荒の奥地に入り込んで、人の気配はまったくなかった。昨日も、双頭の鷲に襲われ、危ういところで、獣が頭のひとつを噛みちぎり、追い払った。その後、リーユエンは生気を相当取られてしまい、今日も足腰がたたないので、カリウラが背負って歩いていた。
「ごめん、カリウラ、午後からは歩くから・・・」
「無理しなくていい、おまえは小さくて軽いから、背負っても平気だ」
体の大きいカリウラには、リーユエンは小荷物程度だった。ただ、生気をこんなに取られて、ちゃんと育つのだろうかと心配だった。リーユエンの転身は、かなり大きな獣姿だった。東荒では見たことのない獣の姿だった。カリウラが転身した時のジャガーよりまだ大きかったので、リーユエンが自力で転身するなら、もっと体が大きくなる必要がある。それなのに、獣に生気をもっていかれてばかりで、転身に必要な体格まで成長するかが気がかりだった。
「リーユエン、おまえはもっと体が大きくなるはずだ。おまえの転身した姿は、俺のジャガーより、まだ一回り以上大きく見えた。だから、自力で転身するには、もっと体を大きくする必要があると思う。獣の力を借りて転身し続けたら、生気を取られすぎて、成長が遅れるから、当分転身しない方がいい」
カリウラは、心配している事を率直に伝えた。するとリーユエンは
「そうだね。体を大きくしないと無理なんだ。でも、カリウラみたいに大きくなれるのかな・・・」
「大丈夫だ。よく食べて、寝れば、大きくなるって母さんが・・・」
カリウラは、母親の事を話題にしかけ、濁流に呑み込まれた両親、兄弟、親族と二度と会えないのだと改めて悲しさを感じた。そして、あの村の事を話題にできる相手が、もうリーユエンしかいないのだと、気付かされた。
「うん、大きくなれるように頑張るよ。いつか、カリウラを背負えるくらい大きくなるよ」と、リーユエンが背中で呟いた。それを聞いた彼は、吹き出した。
「ブッ、いくらなんでも俺がおまえに担がれたら、格好悪すぎだ」
「・・・・そうかな?」
しばらく歩き、そろそろ正午となる頃、リーユエンの体から黒い靄が現れ、紅目の獣の姿となり、カリウラの前に立った。
「谷の突き当たりの向こうに黒い岩肌の山が見えるだろう」
「ああ、確かにみえるな。あれが目的地なのか?」
「あの山の頂上近くにある洞窟が目的地だ。道が険しいから、主を背負ったままで進め。主は、このような険しい山道を歩き慣れていない」
カリウラは、獣の指示に素直に従った。




