8 東荒の洞窟(3)
「リーユエン、おまえ・・・」
激しい雨は、まだ降り続いた。リーユエンは、もう力が尽きて動けない様子だった。カリウラは、彼を肩に担ぎ上げ、雨を避けられる場所を探した。近くに落雷し、ドーンと地響きがして焦げ臭い匂いが広がった。早くこの場所からも離れる必要があった。
しばらく歩き続け、森の中に入り、岩の重なりの間に空洞をみつけ、そこへ彼を引きずり潜り込んだ。体中びしょ濡れで、ひどく寒かった。
暗闇の中で、カリウラは頭を抱え込み、涙を流した。自分がもっと真剣に逃げようと呼び掛ければ、家族も親戚も本当は助かったのではないかと、悔やまれてならなかった。それに、リーユエンだってもっと強く自分へ訴えてくれればよかったのにと、恨めしく思った。だが、そう思った次の瞬間、村から出ていった彼がわざわざ戻ってきて、自分を宙へ持ち上げてくれなければ、濁流に飲み込まれ命を失っていたのだと気がついた。リーユエンは転身で無理をした為か、体は氷みたいに冷え切っていた。カリウラは、リーユエンを少しでも温めようと抱き抱え、雨がやむのを待った。
翌朝、雨はやみ、空は晴れ渡った。カリウラは岩の間から這い出て、外へ出た。それから、森の中を歩き回り、食べ物を見つけた。だが、雨のせいで何もかも濡れていて、焚き火に使えるものがなかった。自分自身の着物は脱いでしまい、日当たりの良い近くの木の枝に広げて乾かした。それから、リーユエンの様子を見に、もう一度岩の間へ潜った。
「な、なんだ、おまえっ」
カリウラは震える指先を、それへ向けた。暗闇の中、リーユエンの上に、何か黒い塊が覆い被さっていた。それの目が赤く光り、カリウラを睨んだ。
「おまえ、カリウラだろ?主は熱がある。看病してくれ。早く治してもらわないと、我は飢えてしまう」
「主?おまえ、何者なんだ?」
「俺は、主に仕える獣だ。おまえを昨日空中へ持ち上げる時、我も力を貸したのだから、少しは感謝しろ。主は体が小さいから、転身するにはまだ早かったのだ。だが、おまえをどうしても助けたいからと、我の力を借りて無理して転身した。今日一日は、もう力が尽きて動けない。おまえが、しっかり面倒をみることだ」
そう言い終えると、獣と名乗ったものは消えてしまった。カリウラは幻を見たのだろうかと目を擦った。とにかく、リーユエンを外に出そうと体に触れると、昨日と違いとても熱くなっていた。
翌日には、リーユエンの熱は下がった。ウマシンタ川が氾濫し、カリウラの一族以外にも、多くの村が濁流に呑み込まれ全滅した。その事は、東荒中に瞬く間に広がった。
熱は下がったけれど、リーユエンはひどく弱っていた。カリウラは、リーユエンを背負って、あちらこちらの村を転々とした。訪れる村で、カリウラがウマシンタ川沿いの村から逃れてきたというと、皆、同情し親切にしてくれた。四、五箇所ほど移動するうちに、リーユエンも元気を取り戻した。すると彼は、
「もっと東荒の奥地へ行くから、このあたりで別れよう」と切り出した。しかしカリウラはもう特に行く当てもなかったので
「おまえの方で構わないなら、俺もついていきたい」と頼んだ。
「危険な旅になるけれど、構わないのか?」と、彼から聞かれ、カリウラはただ黙ってうなずいた。
「一緒に来てくれたら、私は助かるけれど、あれと一緒でも大丈夫なのか?」と、リーユエンが尋ねた。
「あれって何のことだ?」
カリウラはわざと惚けて尋ね返した。カリウラは、まだ、あれが何なのか、彼自身からは説明を受けていなかった。リーユエンは、右側の紫色の眸を、カリウラから逸らした。
「もう、見たんだろう?あいつが、カリウラはもう知っているって言っていた」
「おまえが眠っている時に、主を看病しろと言われた。あれは、一体おまえの何なんだ?」
リーユエンは、しばらく躊躇っていたが、とうとう話した。
「カリウラの村へ行く前、私は、人が行ってはいけない場所にいた。そこで死にかけたんだ。獣が私を助け出してくれた。獣は私の願いを叶えてくれるが、代わりに私は生気を与えることを約束した」




