8 東荒の洞窟(1)
裸牙ネズミを全滅させ、彼らは隊商に追いついた。それから二時間余り経つと、地平線から太陽が上り始め、砂漠を抜ける目印となる最後の岩山へ到着した。
野営準備が始まる中、カリウラは、ヨークからリリスの正体と裸牙ネズミを返り討ちにした件を聞き、肝を潰した。
「あいつの魔獣が一頭で、全部仕留めたのか」
目を剥き、超凶悪な顔つきで尋ねるカリウラへ、ヨークは頷き、一緒にいたデミトリーは
「聞いて驚け、あの魔獣の奴、あいつから名前をもらって、人型になって、べったりひっついてるぞ」と言った。
カリウラはさらに驚いた。
「あの大食らい魔獣へ、とうとう、名前をくれてやったのか・・・」
カリウラは、入り口の幕をめくり、外へ飛び出しかけて、ヨークを振り返り
「リーユエンの天幕はどこだ?連れて行ってくれ」と頼んだ。
地面に敷かれた敷物の上にぐったり倒れているリーユエンのそばで、見たことのない若い男が、鼻歌を口ずさみながら、天幕を組み立てていた。カリウラが、その男を指差し、ヨークを見た。ヨークは無言で頷いた。
カリウラは、横たわるリーユエンに近寄ると、側にしゃがみ込んで右手の脈と調べた。
「我のものに触るな・・・なんだ、カリウラか。おまえはいいや」と、言いながら、若い男が近づいてきた。腰まで届く波打つ漆黒の髪、目は血のように紅い、整っているがどことなく魔獣の特徴を残す剣呑な顔つきで、背もリーユエンと同じくらい高かった。
「おまえ、本当にあの魔獣なのか?」
カリウラの問いかけにアスラはうなずき
「我の名はアスラだ。主が名付けた」と、答えた。そして、脈診するカリウラの横にしゃがむと
「主は、リリスと仲間を滅ぼすために生気を一気に使って、疲れただけだ。休めば回復する。我がついている以上、決して死なせたりはしない」と言った。
「まあ、それならいいんだが・・・時々限度を忘れることがあるから、心配なんだよ」と、カリウラは言った。リーユエンの腕は冷え切って氷のように冷たくなっていた。呼吸も微かだった。
カリウラは立ち上がると、アスラを見下ろし、
「おまえ、腰巻き一枚じゃ格好つかないだろ。服がいるな」と言った。すると、アスラは「リーユエンのを着るからいい、大きさは一緒だ」と言った。カリウラは顔を引き攣らせ
「そんな事をしたら、リーユエンはショックで首をくくるぞ。服なんか共有するもんじゃない」と言った。アスラは不服そうに
「主の匂いのするものがいいのに・・・」と呟いた。一緒に来たヨークも、顔を引き攣らせ「上着はともかく、肌着は別だろう。とにかく何か取りにいこう」と、誘った。
「そうだ、俺がリーユエンの様子は見ておくから、資材部へ行って服をもらってこい」と、カリウラは、紙切れを取り出すと、ペンを取り出し、この男に服を一式配給せよとの一文を記し自署して指輪の印象を押して渡すと、「これで、もらえるはずだ。せっかく名前をもらって、人間らしくなったんだから、格好をそれなりに整えておけ」と言った。
彼らが行ってしまうと、アスラが組み立て終わった天幕の中へ、カリウラはリーユエンを抱え上げて、運び込んだ。床に下ろされても、意識が戻らないままの彼を眺めながら、カリウラは昔の事を思い出した。
リーユエンと出会ってから半年ほどの間、カリウラたちジャガー一家の住むウマシンタ川の畔は平和だった。ところが、ある日、真夜中にリーユエンがカリウラへ別れを告げにきた。
「私は、ここを出ていく。とても世話になった。それで、カリウラにだけ伝えておく」と、まだ少し辿々しい言葉でリーユエンは言った。
ハンモックに寝転がっていたカリウラは、突然出ていくと言い出したリーユエンを見下ろし、身内にでも出会えたのだろうかと思った。ところが、リーユエンは思いがけないことを言い出した。




