7 裸牙ネズミの女王(3)
遭難者をみつけたら救助するのが、砂漠を行き交う者の慣わしだ。たとえ妖の疑いがあろうとも、それを怠ったことを知られたら、隊商としての信用を失ってしまう。カリウラは、内心では、こんなところにたったひとりで倒れているなんて、どうせ碌な者じゃないと思いながらも、騎獣を駆けさせ、女の救助へ向かった。
カリウラは、砂丘を中腹まで登り、倒れた女へ近づくと「おい、しっかりしろ」と、声をかけながら騎獣から降りて、女を助け起こした。女は見慣れない繊細な織方の異国風の装束を身につけていた。首には宝石で飾られた胸飾り、細い帯紐だけで結び止める衣に、裙は細かな襞が何重と重なる凝った仕立てで、月明かりを受けて、色が虹色に変わる風変わりな生地だった。女は、細面の繊細な顔立ちだった。カリウラの声に、瞼が震え、目がうっすら開いた。
「お助けくださいまし・・・」と言い、カリウラの腕に自分の手をそえるとまた気を失った。カリウラは女を抱きかかえ、隊商へ戻った。
女は、リリスと名乗った。西荒の実家へ帰る途中、砂嵐にあい、吹き飛ばされて、仲間とはぐれたと事情を話した。カリウラは、リリスの仲間がみつかるか、西荒の実家近くまで、隊商に同行させることにした。
「ご親切にありがとうございます」と、カリウラへ、彼女は礼を言った。その態度は、淑やかで美しく、普段は現実的な赤狐の商人すら、一瞬ぼうっとなるほどだった。ただしカリウラだけは、実のところ、生気をとられた翌朝の、リーユエンの凄まじい色香の漂う姿を見慣れていたため、全然平気だった。
「まあ、俺たちの隊商は規模が大きいから、あんたも一緒にいれば安全だろう」
といい、あとの世話はオマに任せることにした。カリウラに案内を頼まれたミンズィは、彼女を赤天幕の方へ案内した。途中で、リリスは、
「この隊商はずいぶん規模が大きいのですね。大口の出資者がいらっしゃるのですか?」と、尋ねた。特に不審に思うこともなくミンズィは
「老師が大口の出資者です」と、答えた。すると、リリスは首を傾げ、
「老師?」と、誰のことだか分からない風だった。
ミンズィは、淑やかで美しいリリスをうっとり見上げ
「中央大平原で、隊商を立ち上げてことごとく成功させた有徳の老師だよ。リーユエンという名のお方さ。この隊商に同行されているよ」と答えた。
リリスは優しげに微笑み
「まあ、そのようなお方がいらっしゃるのですね。後ほどご挨拶させていただきたいわ」と言った。
未明に、砂漠の中の、泉が湧く岩山に到着した隊商は、そこで設営した。最後尾の護衛についていたリーユエンと、デミトリー、ヨークが、カリウラに合流し、女をひとり助けたことの報告を受けた。カリウラがそれを話し終えたところへ、まるで待っていたかのようなタイミングで、リリスが総隊長の天幕の前に現われた。美しく、優雅なリリスの姿に、デミトリーは心を打たれ呆然となり、その場で棒立ちとなった。
リリスは優雅に一礼し、「リリスと申します。命を助けていただき、感謝の念に絶えません。イスナルの実家につきましたら、是非御礼をさせてくださいまし」と淑やかに話した。
フードを目深に被ったリーユエンは無反応だった。ヨークも同じく無反応だった。
しかしリリスの方は、リーユエンに近寄り、
「有徳の老師さま、私の命を、この隊商の総隊長さまに助けていただいたのも、何かのご縁があってのことでしょう。実家へ無事に帰りましたら、私からも、老師の慈善活動に寄付をさせていただきとうございます」と、話しかけ、丁寧に拝礼した。
けれどリーユエンは、
「まずは、無事にご実家へ帰られることが大事でしょう。寄付などわざわざなさらなくても、慈善活動なさりたいのであれば、ご自分でなさればよろしいでしょう」と、素っ気ない反応を返した。




