47 離騒(2)
「リーユエン、大丈夫か?」
陛下の声に反応し、リーユエンが盃から顔を上げた。焦点の合わない紫眸は、酔いに霞んでいた。
「ヒック・・・あれ?酔ったかしら」と、言いながら、またもや彼女は、盃から酒を呑み干した。
陛下はその手から盃を取り上げ、
「いくら何でも呑みすぎだ。もう、やめなさい」と、言った。
リーユエンは、とろんとした目で陛下を見つめ、
「・・・・誰?」と、ささやいた。それから、周囲を見まわし、
「ここはどこ?」と、ささやき、「あれ?頭がクラクラする」と、言いながら、立ちあがろうとして、膝から崩れ落ちた。
ゲオルギリー陛下は立ち上がり、慌てて彼女を抱きかかえた。リーユエンは、陛下にしがみつき
「猊下ぁー、猊下ぁー、どうして、何もおっしゃらないの?私は、元気になったのに〜、好きなように生きろって、それ何?あいつが言ったように、私はただの愛玩品なの?そうなのね、私のことは要らないのね」と、つぶやき、陛下の胸に顔を埋ずめ、声を殺して泣きだした。
陛下は、リーユエンを抱きしめたまま、呆然とした。
(何だ、酔っ払っているのか・・・どうして、ドルチェンのことなど気にかけるのだ?デミトリーのことを思っていたのではなかったのか?一体どうなっている。この女の本心は一体どこにあるのだ?)
ゲオルギリーは、かつて、同じように忍び泣く女を抱きしめたことがあった。その女は、自分を連れ出して逃げてほしいと訴えた。その時の記憶と、今、自分の胸の中で忍び泣くリーユエンの姿が重なった。
(親娘そろって、そっくりな泣き方をするなんて、一体どういうことだ?これは偶然なのか、いや、呪いなのか?この状況、あまりに似すぎている。まるで、グレナハを抱いているかのようだ)
「猊下、猊下、私を見捨てないで・・・私の心を手放さないで、猊下が私の心を掴んでいらっしゃらなければ、どこに流されてしまうか分かりません。私は、怖い・・・お願いだから、私の心を手放さないで・・・」
陛下の懐で、リーユエンは泣き声で訴え続けた。
王后は、デミトリーから、まだ打ち合わせが続いていて、陛下と会えなかったと聞き、待ち続けたが、日付が変わるころになっても、まだリーユエンは戻ってこなかった。とうとう、王后は、ご自身で王宮へ出向いた。
(内官長の独白)
ひえぇぇー! 私めは一体どうすればよろしいのでしょう?もう、真夜中だというのに、王宮へとうとう王后陛下が乗り込んでこられました。私めは、必死で扉の前でお止めして、部屋の中へ駆け込み、陛下へお知らせ申し上げました。
陛下は、リーユエン様を懐に抱かれたまま、「構わぬ、通せ」と、仰せでした。王后陛下は、冷やかなご表情で、入ってこられましたが、リーユエン様を抱いて、床に座り込む陛下を見るや、立ち止まり、震える指先を突きつけ、
「陛下、これは一体どういうことでございますかっ」と、言いつつ、部屋のあまりの酒臭さに、ハンカチで口元を覆われました。
陛下は、王后を見上げ、眉尻を下げ、
「王后、朕を助けえくれ」と、情けない声で助けを求めた。
リーユエンは、まだ酔ったまま、身を震わせて、陛下に抱きついていた。そして、陛下のことを、ただひたすら「猊下、猊下」と呼び続けていた。
王后は、驚きに目を見開いた。それから、ようやく周囲に山と積まれた酒瓶と酒甕に気がつき、
「陛下、いくらなんでも深酒がお過ぎではございませんか」と、意見した。すると陛下は、口を尖らし、
「朕が呑んだのは、酒瓶十五本と酒甕五個までだ。あとは、皆、リーユエンが呑み干しおったのだ」と、言った。
王后は、さらに驚き、「リーユエンがひとりでこれだけ呑んだのですか?まさか・・・そんな」と、言いながら、陛下に抱きつくリーユエンのそばに行き、彼女から漂う酒の匂いに納得され、「とんでもない、大蟒蛇ね」と、呆れた。
陛下は、王后へ、
「今日、ロージーに、あやつの卑劣さを納得させるために、リーユエンには嫌な目に遭わせてしまい、いささか労うつもりで酒盛りをしたら、こんな事になってしまった。よほど鬱屈が溜まっていたのか、呑み出したら全然止まらなくなって、さっき、ようやく盃を取り上げたら、今度は、朕のことをドルチェンと思い込み抱きついて離れないのだ」と、訴えた。
王后は、眉を寄せ、
「ドルチェンですって、法座主はリーユエンを手放したのではないの?」と、独言た。王后は、リーユエンの肩に手をかけ、
「リーユエンや、どうしてそのように泣くのじゃ。陛下も、私もいるし、何より、そなたには、デミトリーがいるではないか。何も悲しむことはあるまい?」と、優しい声で尋ねた。
リーユエンは、焦点の合わない目を、王后へ向け「誰?」と、つぶやき、「巽陰大公に、ご挨拶申し上げます」と言い出した。
「まあ、相当酔っているわね」と、王后はつぶやいた。
リーユエンは、また、陛下の懐に顔を埋ずめ
「猊下、私がこれほど苦しいのに、助けてはくださらないのですね。他の男と関係をもった私を許してはくださらないのですね」と、ささやくと、そのまま眠ってしまった。




