47 離騒(1)
サンロージアが、
「そんな・・・酷い。リオは、紋つきの奴隷だって、言っていたわ」と、言うと、デミトリーは怒気を吹き上げ、
「あれを聞いたときは、あいつをぶちのめしてやりたかった。リーユエンが、あそこまでしたから、あいつは本性を表したんだ。ロージー、あいつがどんな奴なのか良く分かっただろう」と、言った。
サンロージアはうなずき、
「ええ、彼があのような事を考えつく人だなんて、驚いたし、彼が、リーユエンへ、明妃なんだから、法座主へ取りなしてくれって頼んだときは、呆れ果てて、全然見知らぬ人にしか見えなかった。私は、彼に対して、もっと慎重になるべきだったわ」と、答えた。そして、
「リーユエンに、また迷惑をかけてしまったわ。きっと玄武の紋なんて、リオに見せたくなかったはずよ。それに、玄武の国から追放されたって、そこまで話してくれて・・・リオの正体に気づけない私のために、彼の本性を明らかにしようと、そこまで犠牲を払ってくれたのだわ」と、涙声で言った。
王后は、「陛下は、おそらく、イカリオスの企みを見破られたのだろうが、そなたが傷つくのを恐れて、それを告げることを良しとされなかったのだ。けれど、リーユエンが立ち会ってくれたおかげで、そなたは最小限の心の痛みで、イカリオスの本心を知ることができたのだ。リーユエンには、よくよく感謝することだな」と、言い聞かせた。サンロージアは、目から涙をぽろぽろ流し、
「ええ、リオの言葉は、リーユエンの心を傷つけたと思います。私は、また大きな借りができてしまったわ」と、応えた。王后は、
「これで納得できたであろう。そなたの魔道具はすべて処分するが、それでよいな」と確認した。サンロージアはうなずき、
「はい、もう魔道具は使いません。処分をお願いします」と、応えた。
(内官長の独白)
私は、今、一体何を見ているのでしょうか?
自分の見ているものが、どうしても信じられません。私の目の前で、酒甕が次々と空になっているのでございます。
宴が盛り上がっているのなら、いいんじゃないの?
違います、違います。宴ではございません。
夕刻、陛下は、影護衛府からリーユエン様とザリエル将軍を伴い、お戻りになられました。陛下は、ふたりを労うとおっしゃり、私へ酒肴の仕度をするよう申し付けられました。そして、陛下とお二方で酒盛りを始められたのです。
最初に酔い潰れたのは、ザリエル将軍でございました。酒瓶十本を開けて、ザリエル将軍は、伸びてしまわれました。その後、陛下は、リーユエン様と延々と、差しつ差されつ酒盛りを続けられました。途中で、すっかりご機嫌になった陛下は、
「ええい、酒瓶なんて辛気くさい、酒甕ごと持ってこい」と、おっしゃいました。それから、酒甕が運び込まれて、十数甕が空となり、そして、信じられないことに、陛下は呑むのをやめてしまわれました。それなのに、それなのに、リーユエン様は、まだ呑んでいらっしゃるのです。 黄金獅子の陛下が、目を回して伸びていらっしゃる横で、リーユエン様は、まだ手酌で呑み続けていらっしゃるのです。その様は、大蛇が獲物を飲み込むような恐ろしさで、その上、酔いが回られたお顔は、目元が濃い紅色に縁取られ、お酒に濡れた唇は、艶々とされて、恐ろしいほど、その、その・・・熟れきった果実のように、殿方を惹きつける色香が濃厚に漂っていらっしゃるのです。
陛下は、呂律の回らない口で「な、内官長、部屋へ誰もいれるな。ぐ、愚息も絶対らめだっ!リーユエンのづがたを誰にも見せるな」と、厳命されました。
帰りの遅さにご心配になった王太子殿下が、迎えにいらっしゃいましたが、陛下の厳命のため、私めは、まだ打ち合わせ中なのでと、入室をお断りし、お帰りいただきました。王太子殿下、本当に申し訳ございません。
それにしても、リーユエン様は、あとどれだけお呑みになるのでしょう?まるで、水を呑むようにお酒を呑み続けておられます。それも、無表情なまま、無言で、ただ呑み続けておられるのです。一体どうなされたのでしょう。
ゲオルギリー陛下は、酔いから少し回復し、目を覚ました。
「水をくれ」と、内官長へ声をかけると、さっと水の入ったコップが差し出された。それを受け取り、一気飲みすると、さらにもう一杯渡され、それも飲み干した。
内官長は、陛下へ
「お目覚めでございますか。ようございました。陛下が酔い潰れてしまわれるなんて、私めは、心の臓が止まるかと思うほど驚きました」と、自身の胸をさすりながら訴えた。陛下は、
「ううむ、朕は酔い潰れておったのか。リーユエンは大丈夫なのか?」と、尋ねた。
内官長は、陛下のそばで小声で
「リーユエン様はずっと呑み続けていらっしゃいます。もう王宮の酒蔵の酒の三分の一は呑まれております」と、報告した。それを聞いてゲオルギリー陛下の酔いは完全に醒めた。手酌で呑み続けるリーユエンのそばへ行くと、その正面に腰かけ、彼女の顔をのぞき込んだ。




