46 魔道具騒動(7)
すると、今度は、サンロージアが、リーユエンの右上腕へ抱きつき、体をひっつけて、「リオ、私が、先日、舞踏会の中休みに、相手を指名して踊ったことは、知っているでしょう?」と、尋ねた。
イカリオスは、「うん、聞いたよ。君に指名してもらえるなんて、その幸運な奴の顔が見てみたかったよ」と、答えた。
ロージーは、珍しくはにかんだ様子をみせ
「リオ、私が踊った相手は、リーユエンなの」と、答えた。
それを聞いた瞬間、イカリオスの顔から、完全に笑顔が消え、陰気な表情へ変わった。
「龍石の錬成師と踊ったのか・・・でも、この間、近衛右軍少将と棒術で戦って勝ったんだろ。魔導術で勝ったわけじゃないよね。君は、武術も得意なのか・・・」
イカリオスは、鉄格子を握り締め、うつむいた。そして
「ふうん・・・ロージーが選ぶのは、王太子殿下みたいな男らしい、一本気な男だろうと思っていたのに、まさか女性で、しかも魔導術を修めた者を選ぶとはねえ。しかも、武術まで秀でているなんて・・・」と、つぶやいた。
牢屋の前の廊下を曲がったところで、待機していたデミトリーは『王太子殿下』という言葉が聞こえ、角から出て姿を現そうとしかけたが、後ろから肩を叩かれ、ふりかえると父国王が口に人差し指を立てて首をふった。ゲオルギリー陛下とともに、デミトリーは、灯りの届かない曲がり角の闇の中で、彼らの会話を聞き続けた。
サンロージアは、ここを訪れた用件を切り出した。
「私が、今日ここへ来たのは、あなたが貸してくれた魔道具のことで聞きたいことがあったからなの」
イカリオスは、また優しい笑顔にもどり
「魔道具?あれは、君にあげたんだから、返さなくていいんだよ。ぼくは、非力だから、君に喜んでもらえることといったら、魔導具をあげることぐらいしかないからね」と言った。
サンロージアは緊張した面持ちで、
「お父様もお母様もリーユエンからも、魔道具の危険性について、説明がないのはおかしいと指摘されたのよ。どうして、あなたは、私に魔道具を与えるときに、起動には生命力を使うのだと説明してくれなかったの」と、尋ねた。
イカリオスは、分厚いレンズ越しに目を無邪気に見開いて笑った。
「そんな事を説明したら、君を怖がらせるだけじゃないか。困ったときにだけ使うように渡したし、安易に使わないように注意もしたんだ。わざわざ怖がらせるようなことを言う必要はないだろう」と、優しい声で言った。
サンロージアは、その言葉で納得しかけた。ところが、横からリーユエンが
「イカリオス先輩、魔導士の五箇条を復唱していただけませんか」と、尋ねた。するとイカリオスは、目に見えて動揺し、
「学生じゃあるまいし、どうして、ぼくがそんなものを唱えなきゃならないのさ」と、不服気に言った。すると、リーユエンは、低い声で
「『一、魔導の術を使う者は、私欲に走ることなかれ、二、魔導の術を使う者は、私情に負けることなかれ、三、魔導の術を使う者は、欺瞞することなかれ 四、魔導の術を使う者は、憐れみの心を忘れることなかれ、五、魔導の術を使う者は、無辜の者を害することなかれ』」と、唱え、続けて「これは、初学の者が真っ先に習い、暗唱する五箇条です。先輩は、王女殿下に魔道具を貸し与えたことについて、この五箇条を守っていると、魔導士宣誓が行えますか?」と、静かに尋ねた。
魔導士宣誓とは、魔導士が『糺の魔法陣』の中に立って行う宣誓で、偽りを述べれば、円陣が呪力を発揮し、その者から魔力を奪ってしまう。ひとたびこの宣誓を行えば、糺の魔法陣の中では、虚言は不可能だった。
イカリオスの顔から笑みが完全に消え、目つきが急に鋭くなり、嘲笑うように口元が歪んだ。
「さすがは神童だ。いきなり王手をかけてくるとはね。魔導士宣誓なんて、したくないよ。そんな事をしたら、ぼくのか弱い体は、魔法陣の発動に耐えられないかもしれないからね」と、不機嫌な口調で言った。
サンロージアは驚き、
「リオ、何を言っているの。あなたに魔法陣が作動するなんて、そんなのあり得ないでしょう。いつも優しくて、親切なあなたに、魔法陣が作動するはずないじゃない」と話した。ところがイカリオスは、
「ロージー、君って本当におめでたいねえ。君は、まわりの人については、実に素晴らしい洞察力を発揮するのに、自分のことになると、途端に、何も見えなくなってしまう。君は、本当に、ぼくがどうして、魔道具をあげたのか、気がついていないの?」と、尋ねた。
サンロージアは、イカリオスをじっと見つめた。意地悪に光る目、嘲笑うかのように歪んだ口元、それは、彼女が見知った、優しくて、気弱なイカイロスとは別人だった。
「あなた、本当にリオなの?どうして、そんな意地悪な顔で、私を睨むの?」
彼女は不安になって尋ねた。




