46 魔道具騒動(6)
サンロージアは、牢の鉄格子へ駆け寄り、
「リオ、大丈夫なの」と叫んだ。
その声に、囚人は、ハッと顔を上げた。丸縁眼鏡をかけ、顔色が悪いイカリオスは、眉毛と目が少し垂れ加減で、いつも笑っているように見える童顔の青年だった。牢屋の中の空気は冷たいのに、薄い囚人服一枚しか着ていない。よろよろと立ち上がると、鉄格子をつかんで握りしめるサンロージアへ近づいた。
「ロージー、こんな所へ来ちゃいけないよ。ぼくは捕まったけれど、君は、何も悪くないからね。いい子だから、早くここから戻りなさい」と、言うと、ゴホゴホと咳き込んだ。
サンロージアは、涙目で、
「リオ、可哀想に、風邪を引いたのね。そんな薄着でいたら、治らないわ。将軍へ、もっと服を着せてもらうよう頼んであげるから」と、言った。
イカリオスは、また笑って
「大丈夫だよ。藁とかも入れてもらっているから、冷えないようにしているよ。そうだ、お母さんに会ったら、ぼくはしばらく牢屋から出してもらえそうにないからって伝えておいてくれる?どうしてだか分からないけれど、陛下がお怒りだそうなんだ。お怒りが鎮まるまでは、出られそうにもないって・・・」と、サンロージアを見つめながら話した。
サンロージアは、思わず、
「リオ、あなた、どうして捕まったのか、聞いていないの?」と、尋ねた。
すると、彼は肩をすくめ
「王女殿下を害そうとした容疑で逮捕するっていわれたよ。でも、そんなこと信じられるかい?ぼくが、ロージーに危害を加えるなんてありえないよ。こんなに大切に思っているし、第一、ロージーの方が、ぼくなんかより圧倒的に強いのに、どうやって害するのさ?君からも、陛下に、ぼくがそんな事をするはずがないってお話してくれないかな?ぼくは、身に覚えのないことで捕まって、本当に困り果てているんだ」と言った。
すると、ロージーの背後の闇の中から、青い袍をまとった、すらりとした姿の美しい女性が現れ
「本当に、身に覚えのないことなのですか」と、イカリオスをじっと見つめながら尋ねた。その女性の眸は、牢屋の壁龕に置かれた蝋燭の灯りに映え、宝石のように輝いた。ロージーがひとりで来たと思い込んでいたイカリオスは、突然気配もなく闇の中から現れた女性に驚いた。そして一瞬、顔の表情が厳しいものに変わったが、すぐさま、もとの優しそうな笑顔に戻り
「ロージー、お友達と一緒に来たのかい?ぼくにも紹介してくれないか」と、声をかけた。すると、女性は鉄格子の前まで進み出て、彼へ向かって拝礼し、
「八百二年卒業のふくろう使いのイカリオス殿に、八百七年卒業のリーユエンがご挨拶申し上げます」と述べた。その言葉に、イカリオスは、目を見ひらき、しばらく沈黙した。そして、
「へえ、君は、魔導士学院の卒業生なのか?ぼくの通り名を知っているなんて凄いな」と、話しかけた。リーユエンは、
「鳥使いのご研究に熱心でいらっしゃったイカリオス先輩が、魔道具の収集をなさっていたのは、意外でございました」と、話した。すると、イカリオスの顔からまた笑顔が消えた。
「魔道具なんて、別に誰だって持っているじゃないか。君、リーユエンって言ったよね。その名前どこかで聞いたことがある・・・」
イカリオスの顔色が変わり、震える指先をリーユエンへ向けながら、
「君は、もしかして、龍石の錬成師リーユエンなのか」と、尋ねた。
すると、リーユエンは、また拝礼し、
「はい、通り名はそのようにいただいております」と、言った。
「龍石の錬成師は、女性だったのか・・・ぼくはてっきり男だとばかり」イカリオスは、つぶやいた。
リーユエンは、目を伏せて
「魔導士学院では男の格好で通学したので、皆様、私のことは男と思っておいででした」と、説明した。
イカリオスは笑みを浮かべ、
「魔導士学院創設以来の最高の神童といわれた君が、女性だったなんて、本当に驚きだよ。ぼくが牢屋を出たら、同窓の者に是非とも言いふらしたいところだよ」と、言った。
サンロージアは驚いて、リーユエンを見上げ、
「えっ、神童っていわれていたの?」と、尋ねた。リーユエンは、戸惑って眉尻を下げ、宙を見上げた。イカリオスは笑い、
「ロージーは知らないの?龍石の錬成師は、最短でも六年の在学期間が必要な魔導士学院をわずか二年で卒業し、卒論は龍の心臓石を用いた錬成について、龍の心臓石なんて五百年ぶりに見つかった希少石だ、そのうえ、それを錬成してのけたんだから、神童と呼ばれて当然さ」と、本人に代わり説明した。そして、眉をひそめ、
「でも、どうして、そのリーユエンが、金杖王国にいるんだ。君は、素晴らしい成績で卒業したにもかかわらず、魔導士協会の会員に登録されていない。今まで、一体何をしていたんだ?」と、不思議そうに尋ねた。
リーユエンは、肩をすくめ、
「玄武の国でお手伝いをしたり、方々を出歩いたりしていました」と、言った。
イカリオスは、眼鏡の丸縁を指先でつまみ、リーユエンをじっくり見た。
「君の格好、どこかの貴族のご令嬢にしかみえない。意外と名家のお嬢さんだったりして、お忍びで学院へ来ていたのかな?だから、魔導士協会に登録がないのか?」と、推理してみせた。当たらずとも遠からずの推理に、リーユエンは無言のままだった。反応がないリーユエンに、イカリオスは、
「君は、ロージーと、いつ知り合ったの?君のことは、彼女から聞いたことがなかった」と、探った。




