6 カリウラ 東荒にてリーユエンと出逢う(3)
翌日、隊商は再び移動を始めた。玄武岩の台地を、岩の割れ目を避けながら慎重に進んでいく。
カリウラは、リーユエンの乗る騎獣を自身の騎獣の後に綱で繋いで、移動していた。リーユエンの頭はゆらゆら揺れて、意識があるのかないのか分からない状態だった。岩の裂け目を自身の手綱さばきでは、意識が朦朧として避けられそうにもないので、カリウラが騎獣を誘導しなければならないのだ。
「リーユエン、大丈夫か」と、時々呼びかけると
「・・・大丈夫」と、短い返事は返ってくるが、ときどき騎獣の首のあたりに、完全に体を預けていた。
(あの馬鹿魔獣、どれだけ生気を抜き取ったんだ?)
リーユエンに初めて出会った頃も、時々寝込むことがあった。その時は、虚弱体質なのかと思っていた。彼はひどく痩せこけていて、青白い肌色だった。食事を摂る量も少なく、非力な子供だった。ただ、カリウラが猟へ行くときはついて来たがり、ついて来ると、どうやって知るのか、大物がいる場所を教えてくれ、そこで待ち伏せすると、リーユエンが言ったとおりの獲物を必ず仕留めることができた。
「リーユエン、凄いな、なんで分かったんだ?」
「・・・見えたり、聞こえたりするから、分かる」
その頃のカリウラは、リーユエンの言う、『見えたり、聞こえたりする』の意味は、理解できなかった。
リーユエンの体が突然大きく傾いた。カリウラは焦って騎獣から腕を伸ばしたが、届かなかった。そこへ、ヨークが駆けつけ、体を支えた。それから、カリウラへ
「私が供乗りします」と声をかけ、リーユエンの後ろに飛び乗り、体を支えた。
「おお、頼む。デミトリーは・・・来てた」
ムスッとした顔でデミトリーが、リーユエンの騎獣の横についた。
「どうして、おまえがそこまで世話を焼くんだ」と、言いながらも、リーユエンは明らかに様子がおかしいので、やめろとまでは言わなかった。
午前中、リーユエンの意識は朦朧としたままだった。
リーユエンに会った七年前、彼は転身できなかった。正確には、転身を知らなかった。猟に行くカリウラについて来た彼は、転身しジャガーとなって獲物に襲いかかったカリウラに、「それは、どうやったの?」と不思議そうに尋ねた。カリウラは、その質問に逆に驚かされ
「転身したんだよ、知っているだろ?」と、尋ね返した。が、リーユエンは表情の乏しい顔を傾げ、「聞いたことがない」と言った。
転身を解いたカリウラは、リーユエンへ
「だいたい、十六歳になったら転身できるんだ。おまえは、まだ小さいからこれからだろう」と言った。それを聞くとリーユエンは俯いて
「火傷したから、できないかもしれない」と言った。その口調が珍しく不安そうだったので、カリウラは彼の頭をクシャクシャと撫でまわし、
「大丈夫だ。傷があったって転身する奴はいくらでもいるんだ。おまえもできるようになるさ」と励ました。
昨夜、魔獣は、リーユエンの生気を貪り食った。リーユエンは、危うく心臓が止まりそうになった。魔獣は、彼にのしかかり
「おまえ、わざと人面鳥に傷つけられただろう」と、詰問した。
「違う、避け損ねた」リーユエンは、そう返事するのがやっとだった。
「嘘つけ、我は誤魔化されないぞ。我を働かせた分、おまえから生気はごっそり頂くからなっ」
「もうやめて・・くれ、胸が苦しい」
リーユエンは気を失った。それでもまだ魔獣はのしかかったまま、リーユエンへ
「どうして、我に名前をつけない。名前をくれたら、実体化して、もっとおまえの役に立つのに、どうして、我をいつまでも獣扱いするんだ」と訴え続けた。
太陽が中天に差し掛かり、強烈な日差しに蒼馬や羚羊が弱り始めたので、カリウラは休憩を指示した。オマが昨日作った三足鳥の燻製肉を皆に配り始めた。カリウラも数人分オマからもらい、デミトリーとヨークに配り、その側で地面に伸びているユーリエンの鼻先へ、燻製肉を近づけた。フードの下から見えるユーリエンに鼻先が、ヒクヒクと動き「あっ、肉だっ」と声がした。




