1 飛魄がないけれど、飛べますか?(3)
ミンズィは、資材担当者のところへ行き、ユニカのために、一人用の小型天幕を手に入れてやった。通常ならば、雇われ人夫は大型天幕で複数で雑魚寝をする。しかし面談の時、ユニカが身につけていた膝上丈のチュニカは、縁飾りのない簡素な仕立てではあったけれど、生地は光沢のある上質なもので、清潔でよく手入れされていた。立ち居振る舞いや、言葉遣いからも、育ちの良さがうかがえた。見るからに華奢な体格で、育ちが良いユニカを、気が荒く大柄な荷運び人と一緒に寝泊まりさせるのは、ミンズィには躊躇われた。それに、老師が直々に雇うと言う以上、粗略に扱わない方がいいだろうという計算もあった。
「君は、どうして飛魄がないんだ?」
天幕の組み立てを手伝ってやりながら、ミンズィは尋ねた。ユニカは、答えるのに一寸間をおいた。
「昔、妹が大病にかかって、魔導師の治療でしか治せないといわれたんです。それで、魔導師のところへ治療を頼みに行ったら、代わりにおまえの飛魄をもらうと言われて・・・」
「妹の治療代に飛魄を差し出したのか」
ユニカは黙ってうなずいた。
「でも、どうして国からはるばる海まで渡って、中央平原まで来たんだ?」
ミンズィが、そう問いかけると、ユニカは手を止めて俯いた。そして、しばらく経ってから
「妹が、結婚することになって、身内に飛魄のない飛べない者がいるなんてみっともないから、国から出ていけって・・・」と、暗い声で答えた。
「はあっ!何だいそれ?妹の命を助けた君は、恩人のはずだろう。どうして、追い出されなきゃならないんだ。そんなの理屈が通らないだろっ」
「飛魄がないのは、本当の事だし、有翼転身できない者は、黄金鷲とはいえませんから、仕方ありません。路銀はもらって、海を渡ったのですが、もうその路銀もあまり残っていないので、ここで働かせてもらえて、本当によかったです」
ミンズィは、何ともやるせない気持ちになり、荷物運びとしては役立たずだけれど、何とかここで働き続けるようにしてやらねばと思った。
「そうか、君も色々苦労したんだな。まあ、今晩は、ゆっくり休めばいい。食事は、あの大きな赤い天幕の前で、提供している。中に荷物を置いたら、食べに行くといいよ」
「いろいろありがとうございました。今後も、よろしくお願いします」
ユニカはミンズィに頭をぺこりと下げ、礼を言った。ミンズィは、気にするなと手を振ると立ち去った。
赤い大天幕の前には、六台の大テーブルが置かれ、大勢の荷運び人や、狐狸国の赤狐や黒狐などの商人が、各々好き勝手に食事をとっていた。この度の隊商を統括する総隊長であるカリウラは、松明から離れた影になった場所で、ひとりで酒を飲んでいる老師を見つけて声をかけた。
「リーユエン、また、妙な奴を雇ったそうだな」
間深なフードを被ったまま、声をかけてきたカリウラへ、老師は視線を向けた。
「また、というほど雇った者はいない」
カリウラはどっしりした体格の壮年の男で、坊主頭、身長も老師とほぼ同じだ。老師の隣に腰掛けると話を続けた。
「いや、またっていうのは、まあ、言葉の綾ですよ。それより、飛魄のない黄金鷲なんか雇って何をさせる気なんです?」
「そりゃ、飛んでもらうのさ」
「いや、飛魄ないそうですよ。魔導師に妹の病気治す代わりに取り上げられたって」
老師は、高杯から酒を一口飲んだ。それから、カリウラへ「転身さえできれば、翼は現れる、翼は飛ぶためにあるんだから、飛行するのに飛魄の有無は関係ない。せいぜい、飛べるようになるのが、すぐできるか、時間がかかるか程度の差だろう」と、冷静な口調で告げた。