45 決闘(6)
マエナスを追い払い、方向を転じたビアロスは、炎のように赤い鬣を靡かせ、咆哮をあげて牙を剥き出しリーユエン目がけて襲いかかった。六尺棒を手に待ち構えたリーユエンは、襲われる瞬間、跳躍し、獅子の眉間へ六尺棒を叩きつけ、苦痛の咆哮を上げた獅子の喉元へ、棒を横殴りに叩きつけた。ビアロスの巨体は吹っ飛んで、地面にぶつかり、もうもうと土煙が上がった。
リーユエンは、六尺棒を肩に担ぎ持ち、倒れた赤獅子へ近づこうとした。その時、闘技場の向こうから、「やめて、兄を殺さないでっ、お願い」と、叫びをあげ、ビアンサが闘技場へ飛び込んできた。
観客席がざわつき、王后が、
「あれは牢に入れたはずであろう、どうして外にいるのだ」と、怒りの声をあげた。
内官長が飛んできて、王后陛下へ
「決闘の規定で、身内の立ち合いが認められているため、ビアロスはビアンサ側妃を指名なさったのです。そのため、一時的に釈放いたしました」と、恐る恐る説明した。
赤い髪はボサボサに乱れ、薄汚れた囚人服姿のビアンサは、リーユエンへ駆け寄り、その足元にすがりつき
「お願いっ、兄に止どめを刺さないで、助けてちょうだい」と、泣き声を上げた。
リーユエンは、足先で彼女を払いのけ、彼女の顔を覗き込むと、
「私を背後から襲ったおまえが、兄の命乞いをするとは、厚かましいとは思わないのか」と、静かに問うた。
ビアンサは、呆然と目を見開き、笑みのない冷たい紫眸を見上げ、
「悪かったわ・・・でも、私の、たったひとりの大切な兄なのよ・・・殺さないで」と、力無くつぶやいたが、見下ろす紫眸は冷ややかなままだった。
リーユエンは、彼女の手を取り、立ち上がらせた。
ビアンサは、何をされるのかと恐ろしさに身をすくめたが、リーユエンは、ただビアロスを指差し、
「よく見ろ、おまえの侍女が最初に、私の顔を蹴り飛ばし、私の手を踏み躙って傷つけたのだ。おまえに同じことをしてもよかったが、おまえの兄が代わりとなっただけだ。何を大騒ぎする必要がある?」と、淡々と話しかけ、続けて
「舞踏会では、穏便に済ませようとしたが、おまえはまったく理解できなかったようだ。行いを改めるどころか、さらに私に怪我を負わせた。これは、すべてお前の行いが招いた結果だ」と、告げると、彼女から離れ、場外にいるマエナスへ、
「いつまでもそこで突っ立ってないで、さっさと判定をしたらどうなんだ。皆をいつまで待たせるつもりなのだ」と、不機嫌な声で話しかけた。その声に、はっと正気に戻ったマエナスは、慌てて闘技場内へ戻り、
「勝者はリーユエン」と、告げた。
勝者になったものの、リーユエンの胸の中は、喜びが溢れるどころか、サンロージアの求婚騒動に巻き込まれ、穏便に済ませたかったのに、結局暴力で決着をつけたことで、苦々しい後味の悪さばかりが込み上げてきて気分が悪かった。それに無理をしたせいで、背中の筋肉が痛み、傷口も開き出血しているのがわかった。
闘技場の階段を降りたリーユエンは、痛みに襲われ一瞬立ち止まった。そこへシュリナが駆けつけ、「大丈夫?」と、小声で尋ねた。
リーユエンは、うつむき
「大丈夫じゃない。背中の傷が開いた」とささやき返した。
シュリナは、ウラナを振り返った。そこへ、アプラクサスが飛んできて、リーユエンの肩へふわっと着地した。
「リーユエン、よく頑張ったね」と、言いながら、アプラクサスは神気を彼女の体へめぐらせた。「出血は止めておいたから、あとでちゃんと手当するんだよ」と言い、また、飛んでいった。
その後、デミトリーとサンロージアが駆け寄ってきたが、リーユエンは、うかない顔のままだった。
そして、ゆっくりとした足取りで、陛下の前へ進み、お辞儀をすると、闘技場を出ていこうとした。そこへ、陛下のそば近くに腰掛けていた、灰色の巻きひげを伸ばした偉丈夫に呼び止められた。
「リーユエン殿、私は近衛左軍大将のタルタロスだ」と、偉丈夫は挨拶し、続けて「玄武十式棒術見事であった。是非、左軍の若い者へご指導くだされ」と、彼女の前までやってくると、片膝をつき、胸に手を当てて彼女を見上げて頼んだ。
リーユエンは、首を傾げ、ふっと笑い
「お目汚しでございます。指導など恐れ多い」と、応えた。けれどタルタロスは
「いや、お目汚しなどと、ご謙遜をおっしゃいますな。あれだけの棒術を極められるには、さぞや厳しい修練を積まれたのであろう」と、苛立つデミトリーなど眼中に入らない様子で喋り続けた。そこへ、ザリエル将軍までやって来て
「タル大将、嬢ちゃんは、俺のお気に入りなんだ。ちょっかい出さないでくれ」と、割り込み、「送っていくよ」と、リーユエンへささやいた。
ウラナが大将とリーユエンの間に立ち塞がり、
「決闘は終わられたので、もう後宮へ下がらせていただきます」と、宣言した。
(ウラナの独白)
私の予想通り、リーユエン様の圧勝でございました。けれど、背中の傷も癒えない状態で、あのような膂力を要する大技を繰り出されたので、お体の具合が心配でございます。それなのに、左軍大将がリーユエン様を気に入ってしまい、離れようとしないので、私が割り込み無理に引き離して、後宮へ急ぎ戻っていただきました。殿舎へ戻って、固く何重にも巻いていた包帯を解くと、やはり傷口は開いており、背中も痛めてしまって痛そうになさっておいででした。当日と翌日、リーユエン様は、一切の面会をお断りになられました。それは、王太子殿下も例外ではございませんでした。




