45 決闘(5)
サンロージアは、不意に立ち上がり、リーユエンのもとへ駆け寄った。そして、
「リーユエン、私のために頑張って」と、その手を握って彼女の顔を見つめた。
リーユエンは、笑みのない顔でサンロージアを見下ろし、
「一応確認のために訊いておくけれど、あの男とは結婚する気はないのね?」と、無愛想に尋ねた。サンロージアはうなずき、リーユエンへ
「あんな卑怯者は大っ嫌い、やっつけちゃって、応援しているから」と、励ました。リーユエンは、厳しい表情のまま、「分かった。負けないようにする」と、応えた。
闘技場の中央で、リーユエンとビアロスは対峙した。見届け人のマエナスが、ふたりへ「どちらかが、片手を挙げて負けたといえば、終了する。あるいは、五分以上動かなければ、終了し、立っている方を勝ちとする。武器は、六尺棒のみ、それ以外は認めない」と、ルールを説明した。
二人は、一丈離れた。
マエナスが、「始めっ」と叫んだ。
最初の攻撃は、ビアロスだった。直径が、五寸あまりの六尺棒が、リーユエンめがけて唸りをあげて、振り下ろされた。それを、彼女は、紙一重の差で交わした。棒が地面を打ちつけ、もうもうと土煙が舞った。皆、ヒヤッとして、声にならない悲鳴をあげた。ビアロスはその後、棒を槍のように五回連続して突き出し、リーユエンの胴や頭を狙って攻撃したが、すべて紙一重の差で交わされた。
「逃げるばかりだと、このままではやられてしまう」
デミトリーは、攻撃しようとしないリーユエンに、もう自分が出ていって交代しようと席を立ち上がりかけた。
その時、リーユエンは、突如反撃に転じた、体を旋回させ、その反動に乗り凄まじい速さで六尺棒が、ビアロスの胴を薙ぎ払った。ビアロスの体は宙へ浮き上がり、六尺離れた場所へ吹き飛んだ。ビアロスは、何とか起き上がったが、そこへ間髪入れず第二打が襲いかかった。今度も、体の捻りから棒がしなるように飛び出し、首の付け根を強打した。
「グアッ」と、ビアロスは思わず、苦痛の声を上げた。が、素早く後ろへ飛び下がり、棒を振り回して、リーユエンめがけて撃ち下ろした。それを、六尺棒で、リーユエンが受け止めると、ビアロスはニヤッと笑い、全体重かけて押さえつけようとした。周囲で見ていた者は、力負けしてやられると思った。けれど、リーユエンは、ビアロスの六尺棒に押し下げられると体を背面へしなやかに反らせながら、ビアロスの六尺棒から逃れ、素早く反転するや六尺棒を握る彼の両拳へ、自分の六尺棒をしならせ叩きつけた。
「ギャアッ」
ビアロスは、思わず六尺棒を取り落とした。その手からは、だらだらと血が流れた。
「なんだ?今の攻撃、一体どうやったんだ?」
ビアロスを護送してきた近衛右軍の者たちは、目にも見えない速さの攻撃に度肝を抜かれた。
決闘を見届けるために、観客席にいた近衛左軍大将のタルタロスは、
「ほう、珍しい技を見せてくれた。あれは、玄武棒術十式五十変化のひとつだ」
デミトリーは、その声が聞こえ、タルタロスへ「玄武棒術?」と、尋ねた。
タルタロスは、胸元まで覆う鉄灰色の巻きひげをしごきながら、
「玄武の国に伝わる棒術です。今の法座主が、棒術の達人だそうだが、伝授された凡人は極めて少ない。もともと玄武が扱う武術ですので、凡人では相当能力がなければ扱いこなせないのです。聞いたところでは、技をすべて極めれば、兵士百人と戦っても生き延びると言われておりますな」と、説明してくれた。
デミトリーは、ビアロスへ凄まじい連打を浴びせて追い詰めるリーユエンを見ながら(そんなすごい武術の達人だったのか・・・やっぱり、俺は、あいつの事を何も知らないんだ)と、寂しく思った。
一方、ゲオルギリー陛下は、目を細めて戦いを見ながら、
(まったく勝負にならんな。圧倒的に強いではないか。ドルチェンに無力化してくれといったのに、まだ、この強さだ。まったくとんでもない女だ。金杖王国に大人しく留まってくれればよいのだが・・・デミトリーの奴、しっかり捕まえておいてくれるだろうか)と、行末を案じ始めていた。
ビアロスは肩で息をし、足元はふらつき始めた。リーユエンは、ビアロスの小手を狙って何度も棒を打ちつけた。そのため、手の甲は皮が裂け、骨が見えてきた。ビアロスの手は、六尺棒を握りしめる握力を急速に失った。もう何打目か分からない、痛打がビアロスを襲い、胴の脇と、また小手に命中した。とうとう、ビアロスは六尺棒を落としてしまった。観客席にいる者たちは、皆、ビアロスは、負けを認めるに違いないと予想した。ところが、ビアロスは転身し、赤い鬣の獅子となって牙を剥き出しリーユエンへ襲いかかった。
ゲオルギリー陛下は立ち上がり、
「転身したぞっ。棒術以外の戦いは反則だっ」と叫んだ。
マエナスが、ビアロスの負けを宣告しようとしたが、ビアロスが凄まじい勢いで走ってきたため、場外へ慌てて逃げ出した。




