45 決闘(4)
王后と老人は、顔を見合わせた。老人が、「ザリエル、おまえは、リーユエンのことをいっているのか?今朝は、棒術の稽古をしたのだろう?」と、尋ねた。
ザリエルは、「すみません。お茶を一杯いただけますか?」と、断りをいれ、勝手にお茶を茶碗に注ぎ、一息で飲み干すと、
「嬢ちゃん、じゃなかった、リーユエン様から、今朝、俺とヨークに、離宮へ来てほしいと、使いが来たのです。それで離宮へ行くと、六尺棒を渡されて、何でもいいから好きに打ち掛かって来てちょうだいって言われたんです。最初は、恐る恐るやってたんですが、嬢ちゃんの反応があんまりいいもので、こちらも段々本気になっちゃって、二対一で打ち合いしているうちに、嬢ちゃんの棒の先がぶっ飛んできて、寸止めしてくれなかったら、危うく目を突かれるところでした。この絆創膏は、棒は当たらなかったんですが、風圧で皮膚が切れてしまって、嬢ちゃんが貼ってくれたんです」と、興奮気味に一気に話した。
老人は目を瞠り
「六尺棒の風圧で皮膚が切れるなぞ、聞いたことがないぞ」と、つぶやいた。
ザリエルは、「俺も、あんな凄い棒術は見たことがありません。棒がしなって、旋風のように唸りを上げ、前後区別なく自在に操って攻撃してくるんです、おまけに体が柔らかいから、予想外の角度から棒の先端が飛び出して来て、本当に恐ろしいですよ」と、まだまだ興奮が冷めない様子だった。
王后は、ザリエルへ、「三日後の決闘は、棒術勝負になるそうだけれど、リーユエンは勝てそうかしら?」と、尋ねた。
ザリエルは、引き攣った笑いを浮かべ、「勝負にならないでしょうね。俺は、ビアロスの馬鹿野郎が、ぶち殺されなきゃいいがって本気で心配してやりますよ」と返事した。
当日 王宮内にある武闘場が会場となり、見届け人である元老院議員三名と法務院上級判事三名、そして近衛左軍大将、近衛右軍大将、影護衛府大将であるザリエル、そしてゲオルギリー陛下、サンテレシア王后陛下、当事者であるサンロージア王女殿下、そしてもう心配でたまらない様子のデミトリー王太子殿下が、席についた。ゲオルギリー陛下の背後には、内官長とその部下の内官三名が控え、王后陛下の背後には四傑が控え、王女殿下の配下には影護衛のニンマ、王太子殿下の背後には影護衛のヨークが控えていた。そして、ウラナとシュリナも会場の隅で、リーユエンのそばに控えていた。それから、会場の周りに茂る杏りんごの木の上には、アプラクサスがとまっていて、もう一本柏杉の大木には、外苑の番人、王后の父上である元国王が、試合を見ようと、早朝から潜んでいた。それから、会場の北側の角に、万一の事態に備え救護班が医師とともに控えていた。
ビアロスは、近衛右軍の兵士に護送されて現れた。彼は、処罰を待つ身であるにもかかわらず、厚かましくも、まだ近衛右軍少将の甲冑姿に、六尺棒を手にして現れた。一方のリーユエンは、長い髪を後ろで三つ編みにして、二重の輪にして短くまとめ、服装は、黒護衛服だった。それを見た、元老院議員と上級判事たちは、ざわつき、「あのお方は影護衛なのか?あのような軽装で、甲冑姿の少将と戦って大丈夫なのか?」と、心配した。
そして、デミトリーも、ヨークへ、
「どうして、あいつは甲冑を身につけないんだ?」と、心配そうに尋ねた。
ヨークは、「リーユエン様は、素早い動きができないからと、甲冑はお断りになったのです」と、答えた。
デミトリーは、「あいつ、近衛右軍少将の実力を舐めているのか?あんな格好で戦ったら、大怪我するぞ」と、ささやいた。
けれどヨークは心の中で、(いいえ、王太子殿下、舐めているのは近衛右軍少将の方ですよ)と、つぶやいた。
(ウラナの独白)
私は心配でたまりません。
ビアロスは大男で、甲冑まで身につけて、リーユエン様へ殺気でぎらつく視線を向けております。ところがリーユエン様は、あの冴えない影護衛服とかいう黒装束しか身につけておられないのです。それに、六尺棒も向こうの方が太さが倍ほどもございます。王太子殿下をはじめとして、会場内の見物者は、みな、リーユエン様を心配なさっているようでございます。
ただ、あの大男は知らないのでしょうが、リーユエン様の棒術は、法座主ドルチェン猊下直伝なのでございます。猊下は、一千年ほど前、六尺棒一本で、大牙の国で銀牙一族の三千名からなる包囲網を突破された強者でございます。猊下は、隊商に参加するリーユエン様が、身を守れるようにと、棒術、弓術、体術と、武芸一般すべてを、非常に厳しくご指導になられたのでございます。特に棒術については、それはもう厳しいご指導ぶりでございました。
ええ、左様でございます。私が心配なのは、対戦相手の方です。ただならぬお怒りを胸に秘めておられるリーユエン様から、どのような目に遭わされることかと、心配なのでございます。




