45 決闘(2)
マエナスは、冷や汗をかき、
(この女性は、見かけは手弱女だが、中身は鋼のように強靭だ。厄介な女を相手にしなければならないとは、使者なんか引き受けるのではなかった)と、ますます心の底から後悔した。
リーユエンは、声を低めて
「私は、公人としての立場は、現在、大牙国の大長老代行の指名を受けております。大牙国を代表するこの私に対して、王族にかかわる規定を守るためとはいえ、いわば私闘に参加せよと、言いつけるのである以上、元老院も、法務院の方々も、それなりのお覚悟があってのことなのでしょうね」と、続けた。
(この女、私を脅しつける気か、もう勘弁してくれ)
マエナスは、もうこんな案件、投げ出して帰りたくなった。
一方、陛下は
(これはおもしろい、リーユエンはなかなか脅し上手だな。マエナスの奴、心の臓が縮こまりそうな顔をしている。実におもしろい)と、楽しんでいた。
マエナスは、下手に出ることにし、
「実に、僭越なお願いごとであることは承知しておりますが、ここは王女殿下の名誉のために、何卒、非礼を承知のうえ、お願いいたしたく」と、ごく丁寧な口調で、けれど決して退かない覚悟でさらに押してきた。
リーユエンは、また扇子を開き、その扇子越しに紫眸を彼へ向け
「あの者が勝ったときに、あの者の求婚を受け入れろと王女殿下に強要されるつもりなのか?あれほど非道な真似をした者に求婚者の資格を与えるなど、信義に悖るであろう」と、批判した。
それはまさしく正論だと同感したマエナスは、思わず
「では、どのようなご処分をお望みなのです?」と、尋ねてしまった。
すると、リーユエンは、
「ビアロスが望むなら、決闘のお相手はしよう。けれど、決闘を終えた後、あの者がまだ生きておれば、近衛府の軍法会議にかけること、また、後宮の主である王后陛下が定めた罰を受けてもらうこと。王后陛下の処罰については、ビアンサも同じだ」と答えた。それから、ふと思いついたように声の調子を変え、
「ところで、金杖王国の決闘では、相手を殺してしまっても構わぬのか?私は、大牙の国で大長老を魔獣に襲わせて、うっかり殺してしまったのだ。ここの決闘は、どこまで許されるのだ」と、薄っら笑みを浮かべて尋ねた。その笑みと目つきの恐ろしさにマエナスは震え上がり、
「け、決闘は、どちらかが、負けを認める、あ、あるいは一定時間起き上がらなければ、そこで終了いたします」と、吃りながら答えた。
が、そこで突然デミトリーが
「ダメだっ、そんな危険な決闘を、リーユエンにさせる訳にはいかない。やっと傷が治ってきたところなのに」と、叫んだ。
しかしリーユエンは、デミトリーへ、
「いいえ、王女殿下が選ばれたのが、私である以上、私がお相手いたします。そうでなければ、王女殿下は、決闘に恐れをなして、代理を立てるような臆病者を相手に選んだと思われて、名誉を損なわれることになるでしょう」と、断った。
「しかし・・・」と、なおも自分が代わろうとする王太子へ、リーユエンは畳んだ扇子の先で、その手にそっと触れ
「王女殿下のお為です。ご容赦ください。お相手は私がいたします。勝ち目がなければ、さっさと降参いたしますから」と、淡々と告げた。
そこでゲオルギリー陛下が、
「では、決まりだな。日時と場所を決めねばならんが、ところで武器はどうする?罪人相手にわざわざ決闘の相手をしてやるのだから、日時と武器はこちらで決めさせてもらうぞ。追って通知する」と、話を終わらせた。
マエナスが帰った後、デミトリーは、リーユエンへ
「本当に、ビアロスと決闘するなんて、正気の沙汰じゃないぞ」と、話しかけ、まだ諦めずに、決闘をやめさせようとした。けれどリーユエンは、
「私が相手をしなければならない理由なら、さきほどご説明いたしましたでしょう」と、眉をしかめて言いながら、長椅子から立ち上がり、陛下へ揖礼して退出しようとした。
ところが、デミトリーは彼女の腕をつかんで引き留め
「ロージーが勝手に側妃の殿舎へ忍び込んだのが発端なのだから、あいつの名誉が少々傷ついたところで、自業自得だろう。それより、おまえに、怪我をさせるわけにはいかない」と、しつこく食い下がった。ところが、リーユエンは、デミトリーの手を振り払い、
「決闘で、私が負けるものと決めつけていらしゃるようですね」と、冷たい口調で言った。デミトリーは、
「怪我もまだちゃんと治っていない状態で、近衛右軍少将と戦うなんて無茶すぎる。おまえの事が心配なんだ」と、なだめた。けれどリーユエンは、心の中で
(あいつを堂々とぶちのめす絶好のチャンスを逃すものか)と思いながら、
「ご心配には及びません。どうぞお構いなく」と言い置き、さっさと出ていってしまった。




