44 後始末(3)
ウラナは、「どういう事でございますか」と、先触れの内官へ厳しい口調で問うた。内官は、ウラナを恐ろしげに見上げながら、
「私めは、ただ内官長のお言葉をそのままお伝えしたのでございまして・・・」と、弱々しい声で応えた。
顰めっ面になったウラナは、「主に都合をうかがいますから、このままお待ちください」と、言い残し、居間でシュリナといるリーユエンへ、陛下が今晩ここを訪れたいと先触れが来たことを伝えに行った。
その時、ちょうどリーユエンは、昼間見ていた書物を、シュリナと一緒に眺めているところだった。先触れの内容を聞いたシュリナは、行儀悪く「ヒューッ」と、口笛を吹き鳴らし、
「陛下ったら、まだリーユエンに未練タラタラなんじゃないの?」と、言った。
リーユエンは、シュリナを横目に睨み
「失礼なことを言うのはやめなさい。お見舞いにこられるのよ。おこしくださいとお返事してあげて、ああ、それからウラナ、内官長が借りてきてくれた琵琶を出しておいて」と言った。
一時間後、ゲオルギリー陛下は、リーユエンの殿舎を訪れた。長椅子にクタッと転がった陛下は、リーユエンを見上げた。もう夜のため、リーユエンは透けるように薄い絹の長衫の上に、繻子織の絹地に真綿を挟み込んだキルトで、濃紅色の長袍を着ていた。それは、彼女の艶やかな黒髪と頬が薔薇色を帯びた透けるような白い肌を際立たせていた。そして、テーブルの上には、酒肴をのせた玻璃の酒器があり、少し離れた小テーブルに、あの書物が載せてあった。陛下は、素早く立ち上がると、その書物を立ったまま、パラパラとめくって眺めながら、
「随分、珍しい書物に興味があるのだな?」と、話しかけた。
リーユエンは立ったまま、拝礼すると、
「東荒は、色々思い出深い場所でございますから、それを眺めて偲んでおりました」と答えた。陛下は不思議そうな顔で、
「あなたは、大牙の者であろう?どうして、東荒に思い入れがあるのだ?」と、尋ねた。
リーユエンは、「私は大牙にいた頃の記憶がほとんどございません。異界に堕とされたあと、魔獣が、私を東荒の密林の中へ連れていったのです。私の記憶は、そこから始まっております」
陛下は、長椅子へ戻って寝転がった。リーユエンは酒器へ酒を注ぎ、陛下へ勧めた。それを飲み干した陛下は、
「東荒に現れたあなたが、どうして玄武の国へ行くことになったのだ」と尋ねた。
リーユエンは、陛下の隣の肘掛け椅子に腰掛け
「魔獣が私を東荒の奥地へ連れていってくれたのです。そこは深い峡谷で、崖の洞窟の中に火龍の骸と、生前に集めた財宝がございました。その財宝を持っていこうとした時、私は、ヨーダム太師のお姿を幻視したのです。いつもなら、ただ幻視するだけであったのが、ヨーダム太師は、幻視する私に気がついて、お声をかけてくださったのです。それで、このお方を頼りにしようと思い、私は長い旅をして、玄武の国へ、ヨーダム太師を訪ねたのです」と、話した。
「なるほど、あなたは、ヨーダム太師が目当てで、玄武の国へ行ったのか・・・それが、ドルチェンの目に止まったわけか・・・あの頃のドルチェンは、原身に近い姿で実に怪物じみた格好であったはずだが、恐ろしくはなかったのか?」
その問いにリーユエンの目は、遠くを見るようにぼんやりとして、その後
「恐ろしいとは思いませんでした。お会いした時から、お優しくしてくださいました。ただ、どうして、それほどご親切にしてくださるのかがわからなくて、戸惑っておりました」と、答えた。
陛下は、立ち上がるとリーユエンの座る椅子の傍らに立ち、その髪をそっと持ち上げ、冷んやりとした手触りをしばらく楽しみながら、不意に
「ドルチェンに会いたいのか?」と、尋ねた。
リーユエンは、うつむいて
「猊下は、思うように生きよと、私を突き放されました。私自身の気持ちの整理がつかないうちは、会いたくございません」と、ささやいた。それから、陛下の方を見上げると、にこやかに微笑んで、
「わざわざお越しくださったのですから、今晩は、私の琵琶を聞いていただけませんか?」と、話しかけた。陛下は、目を見開き
「あなたは、琵琶も弾けるのか」と、尋ねた。リーユエンは、
「ほんの手遊びで、お耳汚しかもしれませんが・・・」と、恥ずかしそうに言った。 ゲオルギリー陛下は目を輝かせ、
「聞きたい、聞きたい、是非聞かせてくれ」と、熱心に頼んだ。
その頃、王后陛下は、四傑のひとりから、国王陛下がリーユエンの殿舎を訪ったことを知らされた。王后は、眉をしかめ
「デミトリーの相手と決まった女のもとへ、夜更けに訪うとは、まったく困った方だわ。あらぬ噂が立って、息子の顔に泥を塗ることになる」と、立ち上がると、
「今から、リーユエンのところへ行く」と宣言した。そして、先触れなしで、出発した。
王后は、中庭を横切り、近道し、彼女が仮住まいする殿舎の中門から入った。すると、琵琶の音が聞こえてきて、足を止めた。




