43 本心(6)
アプラクサスは、彼女の反応をうかがった。ミンを解放してやるべきだと思う一方で、ドルチェンの真情も聞かされた彼は、ミンが玄武の国へ戻る決断をくだしてはくれないだろうかと願う気持ちもあった。ドルチェンの執着の深さは、愛情の深さの裏返しなのだ。それは九百年前に南荒の海岸で、衰弱しきって死にかけていた彼にに会い、話を聞いていた時から知っていた。だから、ミンを気の毒に思う一方で、ドルチェンの思いが叶えばいいのにと、思うのだった。
(我も人外の存在だ。本来なら、ドルチェンと同じように凡人には関わってはならない存在だった。だから、ドルチェンの気持ちは本当によく分かる。でも、玄武の国へ帰れ、なんて、ミンに強制はできないよね)
しばらくして、リーユエンは、静かな口調で
「猊下がおっしゃったことは、それですべてなのね」と、アプラクサスへ確認した。
「そうだよ、これがすべてだよ」と、アプラクサスは答えた。
リーユエンはテーブルから茶碗を取り上げ、お茶を飲んだ。
アプラクサスは我慢できなくなり、
「ねえ、どうするつもりなの?」と、尋ねた。リーユエンは、茶碗を手の中に包み込むように持ったまま、望洋とした目で黙り込み、しばらくして
「どうするといってもねえ、まだ、傷が治りきっていないから、とりあえず、ここで養生するわ」と小声で言った。
(内官長の独白)
驚きました。国王陛下のご寵愛深いリーユエン様が、王太子殿下の思い人でいらっしゃることは、存じておりましたが、まさか、本当に王太子殿下が思いを遂げられ、それを陛下がお許しになるとは、本当に驚きました。
けれどまあ、思いを遂げられたお陰で、殿下は黄金獅子の力が発現なさったので、陛下もそれに免じてお許しになったのかもしれません。
それに、もうひとつ驚いたことがございます。
昨日、お見送りした乾陽大公のご様子も、何だか怪しく感じられたのです。冷酷で情が薄いと言われる玄武であるお方が、何だか、たいそう悄然とした様子に見受けられたのです。まさか、あのお方まで・・・・いや、いや、そのような高貴な方のお心のうちに踏み込むような真似はできません。ただ、私は、自慢じゃございませんが、あの腹黒い、失礼、深慮遠謀の国王陛下の内官長を務める者でございますから、貴人の些細な心情の動きでも見逃したりはいたしません。その私の見るところでは、そうではないかと、推察申し上げます。
そして、今朝は、陛下より直々に「リーユエンから決して目を離すな。常に内官を一名以上傍近くに待機させ、見張らせておけ。金杖国の外へ出ないように監視を怠るな」と、下命を受けました。
はて?どうしてなのでしょう。
めでたく王太子殿下と結ばれたリーユエン様は、すでに明妃位は返上され、国王陛下が事実上後見なさっておられる状態でございますから、王太子殿下の寵妃として、正式な身分を授かるのは当然でございます。それがどうしてわざわざ国外へ出られることがあるというのでしょう。私めは、下命を受ければ、ただ執行するのみ、逆質問など致しませんが、陛下は、私の微妙な表情に気がつかれたようで、
「あの女は、並の女とは違う。果断な行動がとれる女だ。法座主が、簡単にあの女を諦めるとも思えないから、ある日突然、飛び出してしまうとも限らない。だから、決して目を離すな。せっかく愚息が捕まえた女だ。金杖王国で囲ってしまわねばな」と、ご説明くださいました。
確かに、近衛右軍少将の男の弱点を蹴り上げ、雌獅子を棘付きの鞭を振り回して脅し上げ、サンロージア王女殿下を救い出されたあのお方なら、予想外の行動を取る可能性は大いにございましょう。私めは、早速配下の内官数名に、交代でリーユエン様を見張らせることにいたしました。
その日の午後、内官長は自分の命令通り、配下の内官がリーユエンを見張っているのか確認するために、後宮へ出向いた。内官長の後ろには、リーユエンを見舞うために、三足鳥の燻製と酒瓶を捧げ持つ内官二名が付き従っていた。
まずは密かに様子を見ようと考えた内官長は、正門からは入らず、中庭へ直接通じる中門から入った。中庭へ出た内官長は、前栽の後ろに何人かの女官がちらほら隠れて、東屋の方をうかがっているのに気がつき、足を止めた。
「見て見て、あれがリーユエン様よ」
「きゃあっ、あの棘付きの鞭を振り回して、ビアンサ側妃の侍女たちを脅しつけたお方ね」
「そうよ、ビシバシ振り回して、すごかったそうよ、退け、退かぬとおまえらの皮を引き裂くぞとおっしゃって、退けたそうよ。そこらの若獅子の殿方なんて、及びもつかない勇猛さよ」
「ああん、私もそんな風に守っていただきたいわ」
内官長は目を細め
(何ということだ。もう、そんな噂が女官の中に広がっているのか・・・金杖の女は、基本的に強い者が好きだ。強さに男女は関係ないから、リーユエン様の武勇伝が広がったせいで、わざわざのぞき見に集まったのか)と、思った。そこへ、東屋の向こうから黄金色の髪を輝かせて、王太子殿下が来るのが見えた。
「きゃっ、王太子殿下がいらっしゃったわ、素敵っ、ふたりで愛を語り合うのかしら?」女官たちの妄想はますます広がった。




