43 本心(5)
その頃、玄武の国では、巽陰大公のカーリヤが、ドルチェンの元を訪れ、
「地下に安置したリーユエンの黒鋼の面覆いが震動したよ」と、伝えた。するとドルチェンは、読んでいた書類から目を上げ、
「アスラが目覚めたのだな。ということは、首尾よくいったということだ」と、淡々と言った。
カーリヤは眉をひそめ、
「いいのかい?うまくいったということは、恐らく明妃は、王太子殿下と結ばれたということだろう」と、話した。ドルチェンは、大きく嘆息し、
「リーユエン本人には、わしの見込みを説明するわけにはいかなかった。事前に伝えたら、王太子を拒絶して死を選ぶかもしれなかった。だから、彼女には、相手はゲオルギリーだと思わせておいた」と、話した。
カーリヤは、「あの子は頭の切れる子だよ。事が成ったら、おまえの企んだことだと気がつくのじゃないのかい?」と、尋ねた。
ドルチェンは首をふり、「アプラクサスに伝言を頼んだ。それを聞けば、一応納得はするだろうと思う。ただ、玄武の国へ帰ってくるかどうかは分からない」と、話した。 カーリヤは、驚き、
「それでいいのかい?明妃がいなくなるなんて、本当に、おまえは、そんな孤独に耐えられるのかい」と、問い詰めた。けれどドルチェンは、
「彼女の決断に任せる」としか、答えなかった。
翌日 金杖王国の後宮
傷が癒えたリーユエンのもとへ、アプラクサスが訪れた。
アプラクサスは好物の杏りんごを食べながら、彼女へ、
「元気になって、本当によかったね」と話しかけた。
今、彼らがいる場所は、リーユエンが滞在する殿舎の中庭、そこにある東屋だった。大理石の丸テーブルの傍に、長椅子が置かれ、リーユエンが横になれるよう、クッションが敷き詰めてあった。そこに、薄絹の白い長衫と青味がかった紫の長袍を着て、彼女は気だるげに体を預けていた。
「あなたが、半日出血を止めてくれたおかげで、命拾いしたわ。何とお礼を言ったらいいか分からないほど、感謝しているわ」と、静かに伝えた。
アプラクサスは、少し緊張した様子で、
「そんなの気にしないで、当然のことをしただけだよ。とにかく、ミンが死ななくてよかったよ」と言った。
リーユエンは、半眼でアプラクサスを見つめ、
「私に何か話があって来たのでしょう。そんなに緊張しないで、早く話しなさいな。何を聞いても、あなたを燻製になんかしないから」と、ささやいた。
アプラクサスは、それを聞いて、思わず全ての羽がゾワッと逆立った。
「ミン、冗談でも、我が食糧に見えるような冗談はやめてよね。ミンが言うと、全然冗談に聞こえなくて怖いんだよ」と、訴えた。そして、杏りんごをもう一切れ食べると話し始めた。
「玄武の国を立つ前に、ドルチェンから伝言を預かった。ミンの体調が良くなったら、伝えてほしいと頼まれたんだ」
リーユエンは、長椅子のクッションに体を預け、頬杖をついて
「何とおっしゃっていらしたの、教えて」と、冷めた口調で言った。
アプラクサスは、ミンの顔色をうかがいながら、おずおずと話しはじめた。
「ドルチェンはね、最初にこう言った。『リーユエン、この伝言をアプラクサスから聞いているのなら、すでに陽気を受け取ったことであろう。おめでとう。
あなたは、玄武紋の反応が無くなったことで、わしの愛情を疑っているのかもしれない。だから、わしの思うところをアプラクサスへ言付ける。
まず、前世で起こった事は、あなたは自分の過ちが引き起こしたのだと思っているかもしれない。だとすれば、それは間違いだ。そもそもは、神殿の門前で、あなたに声をかけ、あなたを妻に迎えてしまったのが、最初の過ちなのだ。わしは、先代の法座主から、西荒へ密命を帯びて遣わされたとき、凡人の人生に干渉してはならないと、注意を受けていた。人外の存在である玄武は、凡人の生に関わってならないのだ。それなのに、凡人であるあなたと関わってしまった。あなたの無垢な美しさに囚われ、あなたの行く末に同情するあまり破ってしまった。それが、そもそもの過ちであった』」
アプラクサスを通してドルチェンの言葉を聞くうちに、リーユエンは胸にある玄武紋のあたりを押さえて、うつむいた。アプラクサスはさらに続けた。
「『玄武紋が反応しなくなったことで、あなたは不安がっている・・・いや、腹を立てているかもしれないな。だが、あなたが他の者と睦み合うと分かっていて、玄武紋を繋いでおけるほど、わしの度量は広くない。だから、玄武紋とのつながりは断っている。わしが衝動的にあなたを攻撃して、怪我をさせてしまうかもしれないから、これは仕方のないことだ。
それから、今後のことだが、あなたは自分の望むままに生きればよい。わしに義理立てする必要はない、先に言ったとおり、前世の過ちの発端は、わしなのだから、あなたは責任を取る必要はない。あなたが、自分で選んだ良人と生涯をともにしたいのなら、そうすればよいし、玄武の国へ戻りたくなれば、いつ戻ってきてもよい。
わしが選ぶ明妃は、ただあなたひとりだけだ。わしは玄武で、寿命は凡人よりはるかに長いから、気長に待つ事ができる。あなたの決定に干渉する気はないが、ただ、わしが待っていることだけは、忘れないでおいてほしい』」




