43 本心(4)
寝室へ行きかけた大公へ、ウラナが必死の形相で
「大公殿下、今はお止めになってくださいましっ」と、引き留めた。
ゲオルギリー陛下まで、大公を横目に見ながら、
「今、部屋へ入るのは、まずいと思うぞ」と言った。
けれど大公は、「何を言っている。もう半日過ぎたのだ。たとえ、陽気が入ったとしても、傷をそのままにしておくわけにはいかないだろう」と、二人の言うことを聞かず、扉を開けて中へ入ってしまった。中へ入った瞬間、
「はあっ!?」
大公が、上擦った叫び声を上げた。ウラナはますます顔を赤くし、陛下は「言ったであろうに、朕は知らぬ」と、長椅子に行儀悪く寝転んでしまった。
ダルディンの叫び声に、リーユエンは目を開き、顔を入り口の方へ向けた。
「大公殿下・・・」
デミトリーに乗しかかられたまま、リーユエンは弱弱しい声を出した。ダルディンは近寄ると、できるだけ見ないようにして、上掛けを被せた。それから、
「どうなっている?」と、問いかけた。
リーユエンは羞かしそうに
「デミトリーったら、途中で気を失って、離れてくれないのです。もう、重たいから、はやく上から下りてほしいのに・・・」と、ささやいた。彼女の頬は薔薇色に染まり、眸は、朝露に濡れた若草のように、瑞々しく輝いていた。
事情を察したダルディンは、「腕を伸ばせるか」と、彼女へ尋ねた。リーユエンは、上掛けの下で、もぞもぞ体を動かし、腕の先だけ外へ出した。ダルディンは、その手を握り、ごく弱い法力を流し込みながら、
「陽気の具合が分からないから、傷口を塞ぐだけにしておく。完全には治さないから、しばらく養生しなさい」と、言った。リーユエンは、目を見開き
「ええっ、もうさっさと治してください」と、抗議した。けれど、ダルディンは疑わしげな目つきで
「たった数日で、大怪我を負ってしまうあなたを、今ここで完治させたら、また無茶をするに違いない。それより、ここでゆっくり養生して、体調も整えなさい。陛下も王后も、今回の件は、非常に感謝しているから、あなたによく接してくれるはずだ。ここには、一年滞在する約束なのだから、しばらくのんびりすればいい」と、言うと、手を離し、立ち上がると部屋から出て行ってしまった。出ていく大公へ、リーユエンは
「法力をありがとうございます」と、礼をいうのがやっとだった。
本当は、もっと何か優しい言葉をかけてやりたかったが、あまりの光景をいきなり目撃してしまい、ダルディンはもう平常心が保てなくなった。明妃が命を失わずにすんで喜ばしいと思う反面、猊下以外が許されるのなら、どうして自分はそうしてはいけないのかと、衝動が抑え難くなりそうで恐ろしくなり、逃げるように部屋から飛び出してしまった。
部屋から出て来た大公は、ムスッとした顔で、
「法力を与えて、傷口は塞いでおいた。あとは、十分養生させてやってくれ。私は、もう用が済んだから引き上げさせてもらう」と言うと、出て行ってしまった。その後を、お見送りのため、内官長が慌てて追いかけた。
傷口が癒えたリーユエンは、気絶したデミトリーを寝台の奥へ転がし、何とか起き上がった。それから、扉を少し開けウラナを呼んで、身なりを整えてもらった。
身なりを整え寝室から出て来たリーユエンは、ゲオルギリー陛下に挨拶しかけたが、長椅子に寝転んだまま陛下は、リーユエンを見上げ、
「礼は不要だ。サンロージアを助けてくれたうえに、愚息を一人前の黄金獅子にしてくれたあなたには、こちらが頭を下げたいくらいだ。これで、あなたは、私の義娘も同然だ。遠慮なく好きなだけ、ここに滞在して養生すればよい。今日はお疲れだろうから、朕は引き上げさせてもらう。しばらくは愚息の面倒を見てやってくれ」と言うと、長椅子から起き上がり、彼女の肩に軽く触れると、部屋から出ていった。
(ウラナの独白)
リーユエン様は、陛下が帰られた後、入浴をご希望になられたので、すぐ用意いたしました。乾陽大公は、傷口を塞いでくださいましたが、完全には治っていないそうで、まだ痛みが残っておられて、浅く溜めたお湯に浸かっていただきました。
驚きました。陽気を取り込まれたリーユエン様の肌からは、劫火の火傷の痕はすべて綺麗になくなっておりました。火傷の痕の消え失せた、左側のお顔を、これほどはっきり拝見したのは初めてでございます。正面から見ると、特に違和感もなく、ただ左側の眸の色が、右側と比べてやや薄い違いがある程度なのですが、それぞれ左右の側から横顔だけ拝見いたしますと、まるで別人のように見える不思議なお顔でいらっしゃいました。左側のお顔は、儚く優しげな女人のお顔で、右側のお顔は艶やかで意思の強そうな女人のお顔に見えるのです。それに、お肌の艶が、もう素晴らしくて、真珠のような光を帯びていらっしゃるのです。陽気を取り込まれた状態の主を拝見して、私は、今まで弱々しいところのあったこのお方が、どれほどお体の不調を抱えてご苦労なされてきたのかが、ようやく理解できて、本当にお可哀想なことをしてきたと反省いたしました。明妃らしく振る舞っていただかねばと、厳しくお仕えするあまり、私は、リーユエン様ご自身は、凡人であることを忘れておりました。いままでお仕えした、玄武のご婦人とは、このお方は明らかに異なる世界に生きておられるのです。明妃であろうとなかろうと、最後にお仕えするお方は、ただおひとりリーユエン様と心に決めた私は、この方に、理想の明妃であることを押し付けるのはやめようと思いました。ただ、この方がお幸せでいらっしゃることを第一に考えていこうと、深く心に思い定めました。




