43 本心(1)
負傷したリーユエンを移動させようとしたが、血の匂いを嗅ぎつけて、外苑から三足鳥の大群が飛来し、後宮の空を覆い尽くした。月も星も見えなくなり、辺りは真の暗闇となった。他の妖しや、外苑のはずれに潜んでいた魔獣まで、血の匂いに惹きつけられて、闇に包まれた後宮へ入り込んできた。影護衛も後宮の侍衛たちも、それを退治するのに手一杯になった。ゲオルギリー陛下も、王后陛下も、次々に襲ってくる三足鳥を薙ぎ払ったが、いくら追い払っても、誘涎香血を求めて、次々に降下してきた。
「どこから湧いてきのだ。これではキリがないぞ」
ゲオルギリー陛下は、王気で三足鳥を吹き飛ばし、魔獣を前足で薙ぎ払いながら叫んだ。リーユエンの様子も気になったが、三足鳥や魔獣を追い払うのに手一杯で、見てやることもできなかった。
サンロージアは、リーユエンの血を啜ろうと近寄ってくる得体の知れない生き物を必死で追い払った。それでも床に流れ落ちた血に、醜い小さな生き物が蠢き、血を啜るのまでは防げなかった。
(どうしよう、早く手当しないと、リーユエンが死んじゃう)
その時、煌々と輝く物体が、こちらへ飛来してきた。たちまち清浄な空気が風となって吹き渡り、神々しい気配が満ち満ちて、恐れをなした三足鳥は、外苑へ飛び去った。一丈の尾羽をはためかせ、極彩色に輝くアプラクサスが、リーユエンのそばに降り立った。床に蠢く生き物は、その霊気に触れるや灰となって吹き飛んだ。
「アプちゃん?」
リーユエンは、もう霞んでよく見えない目でアプラクサスを見た。
「ミン、出血してしまったんだね。今、血を止めてあげる。でも半日しか止められないからね」と、言いながら、アプラクサスは、彼女へ近寄り、羽を広げて、全身を覆った。アプラクサスの体から、黄金色の霊気が流れ出し、リーユエンの体内へ入っていくと、出血が止まった。
魔獣も、アプラクサスの気配を恐れて逃げていき、やっと手がすいたゲオルギリー陛下がやって来た。アプラクサスは、陛下へ
「ミンの出血は止めた。でも半日しか止められない。ミンの体は、もう陽気が尽きてしまったよ。今度こそ、大量に取り入れなければ、心の臓が止まる」と言った。
その日、デミトリーは王宮の外にいた。法務院の会議に参加していたのだ。新しい税制について、商人と、法務官、そして王宮の役人による話し合いが行われたのだ。会議は予定より長引いてしまい、彼が自分の殿舎へ帰ったのは、夜更けだった。そして、サンロージアから事の次第を聞き、リーユエンのもとへ駆けつけた。
「リーユエンは!?」
駆け込んできたデミトリーを、真っ青な顔色のウラナが出迎えた。
「リーユエン様は、アプラクサスが止血をしてくれて、今は寝んでおられます。ただ、失血が大量だったため、回復するかどうか・・・」と言い、口を手で押さえてうつむいた。
「そんな、父上は・・・父上はどこに?」
「王宮で、乾陽大公と、治療について話し合っておられます」
デミトリーは、黄金の巻毛を両手でつかみ、長椅子に座り込んで呻いた。
(ううっ、悔しい、リーユエンが死にかけているのに、俺にはどうすることもできないのかっ、ああ、俺は、なんて不甲斐ない奴なんだっ、助ける方法は分かっているのに、それが実行できないなんて・・・)
(ウラナの独白)
駆けつけたデミトリー様は、いつもリーユエン様がお座りになる長椅子に、頭を抱え込んで座っておられました。
私は、迷っております。
主にお仕えする者の立場として、主が秘密にしたいと思っていらっしゃる事を秘密として守り通すべきなのか、それとも、もう本当に危うい状態の主のために、この方に、何もかも申し上げて、隠された思いを遂げさせてさしあげるべきなのか。
そうです、リーユエン様は、本心をずっと隠されてこられました。私には分かっておりましたし、猊下も、おそらく主の心を暴かれ、吐血させたあの日に、すべて察しておられたのだと思います。主が、心の奥底に秘めて隠されて来た本心を明らかにすることは、主に対する裏切りでございます。普通の状態なら、そんなバカな真似など決していたしません。けれど、主であるリーユエン様は、いま瀕死の状態でございます。もし、主を助けることができるお方がいるとすれば、それは恐らく国王陛下ではなく、デミトリー王太子殿下だと、私は確信しております。主は、猊下の思し召しに背くまいとして、そして、もうひとつは、未成熟なデミトリー様のことを慮って、自身の問題には決してかかわらせまいとし、何を言われようとも、手厳しく拒絶され続けてこられたのです。けれど、そろそろ主の本心を、デミトリー様にお伝えして、たとえ危険が伴うとしても彼の判断に委ねるべきだと思います。それに、たとえ裏切りであろうと、私は、お気の毒な主に、本心を偽らせたくございません。もう、ここまで窮まってしまっては、主が秘めてこられた思いを遂げる機会は、これが最後なのです。私は、決心いたしました。
頭を抱え込んでうずくまるデミトリーの前に、ウラナは立ち、静かに話しはじめた。
「私は、今から独り言を申しますので、適当に聞き流してくださいませ。
私の主のリーユエン様は、普段は冷静で、ご自身の感情の揺れも抑え込んで、なかなか本心をお見せになることはございません。猊下は、玄武紋の刻印を通して、御本心をお知りになることができますが、他の者は、そんな事はできません。ただ、リーユエン様は、どうしたわけか、あるお方のおっしゃる事には、強い反応をいつも示されるのです。そのお方に悪く言われると、大変腹を立てておいででした。私は、そのお方に、主の心を乱すような真似はおやめくださいと、以前、ご注意申し上げたほどでございます。それでも、そのお方は、近頃、妬心にかられて、主にひどい言葉を投げつけ、主は随分悲しみ傷ついておいででした。そのうえ、そのお方は、またもや、主に気持ちを打ち明けられて、手酷くやり込められ、怒って部屋から出ていかれました。けれど、取り残された主は、声を殺して長い間泣いておいででした。その後、お気持ちを無理に抑えようとして、気血が乱れて、吐血までなさいました」




