42 逆恨み(6)
サンロージアは、リーユエンの態度が信じられなかった。
(うそ・・・ビアロスが好きって、どういうこと?あんなに頬を染めて、うっとり見上げて、どうなっているの?)
裏切られたと思い、目に涙があふれた。卑怯者のビアロスと睦みあっているのは、自分の知らない女だと思った。しかし、そこで、忽然と悟った。
(これって、本当のリーユエンじゃないわ。だって、私は、リーユエンがお風呂にひとりで入っているところを見たもの、あの時は、陰気くさい真面目な顔をしていたじゃないの。こんなデレデレ顔は、リーユエンじゃないわ。これって、もしかしたら、演技しているってこと?でも、何のため?・・・・そっか、私から、あいつを引き離そうとしてくれているんだっ)
サンロージアは、ふたりがいちゃいちゃしている間に、腕を締め付ける縄を緩めようとした。けれど、近衛軍仕込みの結び目は容易なことでは緩まなかった。
(ダメだわ、私が力を入れたくらいでは、緩まないし、引きちぎるのも無理だろうし)
サンロージアはどうしたいいのか分からず、途方に暮れた。
一方、リーユエンは、ビアロスを誘惑しながら、折檻部屋の壁にかかる折檻道具を素早く見て、武器になりそうなものを探した。そして
(鞭や、棒杖や、ウワっ、棘のついたものまである。ビアンサは碌でもない女主人だな)と、折檻部屋の道具のえげつなさに呆れた。
ビアロスは、もうかなり興奮してきて、そろそろ危険な状態だった。リーユエンも、こんなむさ苦しい、頭の悪い若獅子の相手を本気でするつもりは全然なかった。しかしそれでも、相手が油断しきるのを、慎重に待った。
(あの技は一回しか使えない。成功したらしばらく動けなくなるだろうが、失敗したら激怒して、私の方が危なくなる)
たった一回しか使えない技のために、リーユエンは、ビアロスがしつこくキスを求めてきても、ひたすら我慢し続けた。
「あ〜、だめよ〜ん」
リーユエンの鼻にかかった色っぽい声に、ビアロスの目の色が、薄い琥珀色から濃い琥珀色へ変わり、彼女を荒々しく組み伏せ、体の上に跨った。
(やった、今だっ)
リーユエンは、ビアロスの尻から股間めがけて、下から思いっきり膝で蹴り上げた。
「ウギャッ」
ビアロスは股間を抑え、悶絶した。
リーユエンは彼を跳ね除け、起き上がるや、壁から刃物を下ろし、サンロージアの縄を素早く断ち切った。サンロージアは涙声で、
「リーユエン、助けにきてくれてありがとう」と叫んだ。
「早く逃げよう、もうすぐ、影護衛が踏み込んでくるはずだ」と、いいながら、リーユエンは、サンロージアの手を引き、入り口へ向かった。扉を開けた瞬間、「グルルルッ」と唸り声が響き、廊下に転身した数頭の雌獅子が待ち受けていた。リーユエンは、サンロージアとともに、部屋の中へ後退し、棘つきの鞭を取り上げ、それを振り回して雌獅子を脅しつけた。
「さっさと、そこから退けっ、この鞭でおまえらの皮を引き裂くぞ」
リーユエンは怒鳴り、床へ鞭を打ちつけ、恐ろしい音を立てた。棘が石畳にあたり、火花が散った。雌獅子たちは、鞭を恐れて後退した。地下室の階段を、雌獅子たちを追い立てながら上がっていったが、思った以上に時間がかかった。それでも、何とか殿舎から中庭へ出ることができた。ちょうど、そこへ、影護衛府の兵士が、殿舎の正面扉を破壊槌でこじ開け、雪崩れ込んできた。
(やれやれ、これで助かった・・・)
リーユエンは、あとは影護衛に任せられるだろうと思い、ほっとした。
その時、柱の影から駆け寄ってきた者が、いきなり彼女の背後から剣を突き刺した。
「キャー、リーユエン!」
サンロージアの悲鳴が響き、リーユエンは、自分の腹から突き出た剣を、呆然とみ下ろした。
「アハハハッ、兄が捕まれば、私は身の破滅だ。おまえも、破滅させてやる。おまえさえいなければ、こんな事にならなかったのに」と、リーユエンの後ろで、ビアンカが目を血走らせて叫んだ。
リーユエンはその声を聞きながら、
(何が、おまえのせいだ。こっちこそ、おまえのせいで碌でもない目にばかりあったんだ。痛い・・・血が流れる。今度こそもうダメかもしれない・・・)
体が氷のように冷えていき、急速に力が抜けて、リーユエンは、剣が刺さったまま崩れるように倒れた。サンロージアが駆け寄り、彼女を抱き留め、
「早く、手当してあげて、リーユエンが死んでしまう」と、涙声で叫んだ。
「うわあぁぁっ、嬢ちゃんが、大変だ。医師を呼んでこいっ」
一番乗りしたザリエル将軍が、異変に気がつき絶叫した。
そこへ、転身した陛下が王后を乗せてやって来た。王后は陛下から飛び降り、サンロージアをみつけ、まっしぐらに駆けてきて、彼女を抱きしめようとした。けれど彼女が抱き抱えるリーユエンを見て凍りついた。
「リーユエン、どうしたの?何があったの!」
ゲオルギリー陛下も駆けつけ、転身を解くなり、
「リーユエン、何ということだ。すぐ、彼女の殿舎へ運べ」と、怒鳴った。




