42 逆恨み(4)
(内官長の独白)
先ほどのリーユエン様は妙でございました。一瞬、まわりの空気の温度が下がったような気がいたしました。お顔の表情こそ、変化はございませんでしたが、確かに周りの空気が変わっておりました。
あの方は、陛下でさえ、クリームのようなお声と紫の眸から溢れる涙、そして妓女顔負けの・・・ウオッホン(咳)・・・あれやこれやで、骨抜きにしてしまう策士でいらっしゃいます。簡単に手の内を見せるようなことはなさいません。
しかし、内官長たるもの、陛下のご寵愛深いお方のご本心をお察しし、陛下との逢瀬の妨げになるものは取り除いて差し上げ、陛下がこの方と楽しいひと時を過ごされるよう気を配るのは当然のことでございます。ですから、リーユエン様のご本心がどれほど分かりにくいものであろうとも、私めはそれを察してさしあげなければならないのです。
ですから、私めも油断ないよう、あの方のちょっとした仕草や、視線にも、常に気を配っております。でなければ、あの方のご本心が奈辺にあるのか、測り難いからでございます。
それにしても、あの内官、どこかで見たことがあります。そうだ、思い出した。あれは、ビアンサ側妃のお気に入りの内官です。それに、先ほどリーユエン様から託された、将軍あての伝言でございます。あのリーユエン様が、ものを忘れるなどということがありましょうか?
それに『将軍の失せ物』?ザリエル将軍がものを失くした話は、私めは耳にしておりません。それに『花が手折られないうちに』、とも、おっしゃっておいででした。そういえば、影護衛府からは、後宮への捜索許可の申請が出ておりました。
・・・・あっ、分かりました。大変だっ!すぐ、王后さまへお知らせしなければっ
内官長は、燻製肉を乗せた台を担ぐ、部下の内官ふたりを振り返り、
「燻製肉は、ここの内官へ預けなさい。カルは影護衛府へ行ってザリエル将軍を、すぐ後宮へ来させなさい。エヌは、陛下へ緊急事態だとお越しをお願いしなさい。私めは、王后のところへいきます。急ぎなさい」と、指示した。
短い足をバタバタさせて駆け込んできた内官長に、四傑たちは驚いた。
「内官長、どうしたの?そんなに慌てて」
「王后陛下にお目通りをお願いします」
内官長の只事でない様子を聞いた王后は、すぐ会うことにした。
王后の部屋へ通された内官長は、挨拶もそこそこに切り出した。
「今すぐ、サンロージア王女殿下がご自身の殿舎へいらっしゃるか、ご確認をお願いします。それから、影護衛府へ、ビアンサ側妃の殿舎の強制捜索の許可を、直ちに頂きたくお願い申し上げます」
四傑から、ビアロスの隠れ場所の見当について聞かされていた王后は、内官長の申し上げることに驚きはしなかったが、ただサンロージアについて、
「ロージーなら、殿舎にいるはずだが・・・」と、不思議そうに言った。それへ、内官長は、
「ビアンサ付きの内官が、リーユエン様に王女殿下からの親書を持ってきたといって手紙を渡しておりました。それを読んだリーユエン様は、私めに『将軍の失せ物は、確かにその場所にあると私も思います。是非、誰かに手折られないうちに、お早くお探しになってください』と、伝言を頼まれたのです」
「手折られないうちに」という、言葉を耳にした瞬間、王后の顔色が変わった。そこへ、王女殿下の殿舎へ確認へ行った四傑のひとりエリアが戻ってきて、
「王女殿下のお姿が見当たりません」と報告した。
王后は立ち上がり
「私もすぐビアンサの殿舎へ行く」と、言った。けれど、内官長は、
「騒ぐと、王女殿下の身に危険が及ぶやもしれません。影護衛を忍びこませましょう」と進言した。
当て身を喰らい気絶したサンロージアを、ビアロスは殿舎の地下にある折檻部屋へ運び込び、両腕を背中側で縛り上げ、両足首もしっかり縛りつけた。
「俺は運がついている。王女の方から転がりこんできてくれた」
「何が、ついているよ。こんな事をして、ますます逃げ場がなくなったじゃない」と、ビアロスの後ろでビアンサが不服気にこぼした。しかしビアロスは
「安心しろ。王女と俺が契りを結んで、既成事実をつくってしまえば、俺は王女の配偶だ。誰も、文句はつけられない。たとえ、国王や王后でもだ」
兄の言葉に、ビアンサは背後から身を乗り出し、「それなら、既成事実を早く作りなさいよ。こんな生意気な娘、さっさと自分のものにして、従わせなさい。そうすれば、私も溜飲が下がるわ」と、言った。ところがビアロスは、
「いや、その前にリーユエンとかいう女、王女が指名したあいつを痛めつけて、足腰立たなくしてやる。俺の面子を潰し、おまえのことも侮辱したんだ。絶対許せない。這いつくばって許しを乞うまで、痛めつけてやる」と、息巻いた。
そこへ、内官に先導されてリーユエンが階段を降りてきた。
「へへっ、待ち人が現れたぜ」
ビアロスは、リーユエンが部屋の中へ入って来ると、クンクンと匂いを嗅いだ。
「何だ、おまえ、燻製の匂いがするぞ」
不思議そうに言うビアロスへ、リーユエンは不機嫌な顔で、
「三足鳥の燻製を作っていたんだ。今夜、食べようと思っていたのに・・・」と言った。




