42 逆恨み(2)
ビアロスが、後宮に潜んでいるかもしれないと思ったのは、ザリエルとリーユエンだけではなかった。王后の侍衛侍女である四傑も、また、同じ考えだった。彼女たちは、王后の日課の午睡中にお茶を飲みながら、
「影護衛があれだけ捜索しても見つからないのだから、例の王女殿下に顔面平手打ちされた側妃のところに隠れているに違いないわ」と、お互い意見が一致していた。
ところが、彼女たちがお茶を飲んで、雑談していた東屋の近くの薔薇園では、匂い袋を作ろうと、サンロージア王女殿下が薔薇の花びらを集めている最中だった。当然、四傑の会話は、彼女にも聞こえた。
(私に大穴熊の母親をわざと嗾けたという、卑怯者のハゲ獅子野郎が、後宮の中に、それもあのリーユエンの足を踏みつけたバカ女のビアンサのところに隠れているですって・・・私の目と鼻の先に隠れるなんて、なんて厚かましい奴なの、よしっ、私が見つけ出して捕まえてやる)と、内心で固く決意した。
サンロージアは、自分の部屋へ戻ると、めくらましマントを取り出し、頭からすっぽり被った。ヨーダム太師の術返しで、髪の毛を焦がしても、結局王女には大した教訓にはならず、性懲りも無く、彼女は魔導具の力を安易に使っていた。
(ふふっ、これさえ被っておけば、私の姿は見えなくなる。これでビアンサのところへ忍びこみ、ビアロスの隠れ場所を突き止めて、影護衛を踏み込ませて、一網打尽、ビアンサも後宮から追い出してやる)
サンロージアは、意気軒昂として中庭を突っ切り、ビアンサの住む殿舎へ向かった。
そろそろ日没が近づき、あたりは薄暗くなった。サンロージアは、ビアンサの殿舎へもう忍び込んでいた。けばけばしい調度品を揃えた建物の中は、きつい香水の匂いでむせかえるようだった。
(ウワッ、この匂い苦手だわ。なんだか、鼻がむずむずするわ)と、むずむずする鼻を片手でこすりながら、サンロージアは辺りを見回した。
「急いで、側妃様は、待たされるのはお嫌いなのだから、はやくそのスープを持っていってちょうだい」
年配の侍女が、若い侍女たちへあれこれ指図し、忙しそうだった。
(あの若い侍女たちについていけば、ビアンサのいる所が分かるわね。彼女が兄を隠すとしたら、多分、自分の近くに隠すはずだわ。他人任せになんてするはずないもの)
サンロージアは、そのように見当をつけて、スープを運ぶ侍女の後をついて行った。ふたりの侍女が、スープの入った容器と、配膳用のスープ皿を運びながら、
「近頃、側妃様は、急に召し上がる量が増えたと思わない?今日のスープもなんだかいつもより、持ち上げると重たかったわ」と、ささやいた。すると、もう一人が、
「そんな事、誰が聞いているのか分からないのだから、言うのはやめなさい」と、注意した。
小声で喋る侍女の言葉に、
(そうよ、後宮はどこに目があって耳があるか分からない場所なんだから、もっと用心してもらいたいものね。でも、食べる量が増えたのなら、やっぱりここに隠れているんだわ)と、サンロージアは、ますます確信を強めた。
侍女たちが食堂の前で立ち止まると、薔薇と黄金獅子の紋章入りの、両開き扉が開け放たれた。サンロージアは、侍女の後に続き、素早く中へ入った。
(うわっ、ここも香水臭い、よくこんなところで食事ができるわね)
あまりの匂いのキツさに、サンロージアは、鼻をつまみたくなったが、マントから手を離すとずれてしまうので、また腕で鼻をこするだけで我慢した。
大きな楕円形のテーブルに、側妃がひとりで不機嫌な顔で腰掛けていた。その背後には、侍女が五人立ち、控えていた。その一人は、他の侍女たちよりも背が抜きん出て高く、侍女の制服もなんだか窮屈そうに見えた。
「あの侍女、なんだか怪しい、体が大きすぎるわ。・・・もしかしたら」
サンロージアは疑問を確かめようと、テーブルを周りこみ、背の高い侍女へ近づこうとした。テーブルの一番そば近くまで来た時、いきなり側妃が、サンロージアの方をふり返った。
(バレた?)と、思いドキッとしたが、ビアンサの視線はサンロージアを通りこし、後ろの侍女へ向いていた。
「まったく、あなたのせいで、陛下の御渡りは、全然なくなったわ。前は、あの魔女が断った時に、お顔くらいは、こちらへお見せになってくださったのに、美味しいお食事を用意して、内官を使いに走らせても、また今度にするばかりなのよ。絶対、あなたが、あんなバカな事をしてくれたせいで、陛下の不興をかったに違いないわ」と、ビアンサは、背の高い侍女へズケズケ文句を言い始めた。そして、
「それにこの香水の匂い、まったく嫌になる、あなたがいるせいで、匂いで正体を知られないように、麝香入りの香を焚いて誤魔化さないといけない。こんな匂いを嗅ぎながら食事をしなければならないなんて、最低だわ」
すると、背の高い侍女が
「仕方ないだろう。俺が捕まれば、おまえだって処分が下りる。一族郎党無事ではすまない」と、低い声で応えた。
その声で、サンロージアは、(やっぱりあの侍女は男だわ。若獅子の匂いに気づかれないために、強い香を焚いていたのね)と思った。




