42 逆恨み(1)
座浴が終わると、ウラナは、寝室で、リーユエンに持参した衣を着せて、元通りの貴婦人に仕立て上げ、ゲオルギリーと老人のいる居間へ連れていった。
居間へ入ってきたリーユエンを見るなり、老人は椅子から立ち上がり、目を見開いた。その様を、ゲオルギリー陛下は、にやにやしながら眺めた。
「・・・あんた、本当に、昨日の黒づくめの格好をしていた娘さんなのかい?」
ウラナによって、髪はツヤツヤに梳られて、鏡面のように光を反射し、昨夜、本人が知らない間に流し込まれた乾陽大公の法力で、体の傷はすっかり消え、さらに、陛下の陽気まで少しばかり頂戴したお陰で、顔色はすっかり良くなり、頬は薔薇色に染まっていた。その上、昨日の地味な黒装束とはうって変わり、真珠のように光沢のある乳白色の衫と裙に、翡翠色と青色の薄衣の袍を二枚重ねて羽織り、繊細な五連の金鎖の首飾りまでつけて、リーユエンは、老人の前で深々と拝礼し、
「昨夜はお世話になりました。お礼の言葉に表せないほど、感謝しております」と、淑やかに挨拶した。
(なるほど、これはゲオルギリーが夢中になるのも無理はないし、デミトリーが逆上するのも当然だ。色香が匂い立つというが、色香が泉のように湧き出しておるのが、見えるかのようだ。あのような、情に潤む紫の眸に見つめられては、心が動いてしまうだろう。これほどの女は、わしでもお目にかかったことがない。何年か前に、玄武国では、明妃の選出で大揉めに揉めたと噂があったが、この女がその例の明妃というわけだ。ドルチェンが惑わされたとか聞こえてきたが、この女ならば、惑わされても仕方あるまい)
老人は、目の前の佳人にただ感服するばかりだった。が、その一方で、
(しかし、この女を金杖国に留めおくのはちと難しいだろう。神器である銀の剛弓を引き絞り矢を放つほどの気概があるのだから、大人しく後宮で暮らすとも思えない。)そして(ゲオルギリーがどれほど執着しようと、やはり王后の地位を脅かしかねない女は、後宮に留めるべきではないだろう。早々に玄武国のドルチェンのもとへ返すのが、上策であろうな)と、冷静に結論づけた。
リーユエンが、ウラナとともに後宮へ戻ると、程なく王后陛下がサンロージアを伴い彼女のもとを訪れた。
王后は、膝折礼しかけたリーユエンの腕を取り、礼を止めさせて、
「ありがとう、サンロージアを助けてくれて、いくら感謝しても感謝しきれないわ」と、涙声で話し、彼女を抱擁し、「もう、あなたは私の娘も同然よ。何でも困ったことがあれば、言いなさい。必ず助けるわ」と、続けた。
リーユエンは頭を下げ、
「王女殿下がご無事で何よりでした」と、応えた。
サンロージアは、リーユエンに抱きつき、
「ありがとう、やっぱりあなたと踊ってよかったわ。私の事を守ってくれたもの、嬉しい」と叫んだ。
リーユエンは、引き攣り気味の笑みを浮かべ「踊りの相手に、私などを選ばれて、本当によろしかったのですか?」と、思わず尋ねた。
サンロージアは、青い眸をキラキラ輝やかせ
「あなた以外の誰とも、踊る気はないわ。あなたがいいの」と、腕に抱きついた。
(やれやれ・・・困ったな)
リーユエンは嘆息した。慕われるのは嬉しいが、活発な王女殿下の身を守るなんて荷が重いと思った。けれど、リーユエンの考えなどお構いなしで、王后からも、「これからもロージーと仲良くしてやってちょうだい」と、頼まれてしまった。
影護衛は、金杖王国のあらゆる場所でビアロスの行方を追ったが、手がかりがなく、彼は煙のように消え失せてしまった。
巻狩りから三日後、離宮では、ザリエル将軍とリーユエンが、オマに教えてもらった直伝の方法で、三足鳥の燻製を製造中だった。
「将軍、ビアロスの行方、まだ分からないのでしょう。こんな所で遊んでいたら、陛下から大目玉を喰らうわよ」と、手作りの燻製器の様子を見ながら、リーユエンが言った。今日は、髪を三つ編みにして後ろへ垂らし、影護衛服姿だった。
ビアロスは、「もう、金杖王国中探し回ったんだ。あと、探すとしたら一箇所しかねえよ」と、言った。
リーユエンが彼をちらっと見て、「やはり後宮を探さすことになりそうなの?」と、尋ねた。
「そうだな、もし見つかったら、内官以外は、女しかいないはずの王宮に、王族以外の男が無許可で入り込んでいたってことだから、二、三人の首が飛ぶどころじゃすまない。できれば、手をつけたくないんだが、もう、探していないのはあそこだけなんだ。奴の妹も後宮にいることだし、可能性は高いと思うんだ」と、ザリエルは答えた。
リーユエンは眉をひそめ「見つからなかったら、将軍、あなたの首だって危ないわよ」と、言うと、ザリエルは肩をすくめ
「俺は影護衛の統領だからな、まあ責任取らされても仕方ないよな。だが、あの卑怯者を捕まえないまま、首だけ取られるなんて御免だぜ」と、返した。




