41 外苑での巻狩り(8)
またしても呼び出された乾陽大公は、今回は外苑だったので、商人姿で堂々と現れた。しかし、番人小屋の中に入った彼は、質素な寝台に横たわり、ウラナが、痛み止めだといって飲ました強力な眠り薬で、ぐっすり眠るリーユエンの怪我を見て、頭を抱え込んだ。そして、間近で見張りのように突っ立ち、部屋を出ていかない国王へ
「あれほど気をつけてくれと言ったのに、もう負傷するなんて、どういうことだっ」と、小声で抗議した。
陛下は「朕も申し訳なく思っている。外苑の巻狩りなど、お膳立てが整った中で、ただ追い立てられて出て来た獲物を狩るだけだから、危ないことなど何もないはずなのだ。ところが、今回はどうした訳か、サンロージアが、大穴熊の、しかも魔獣化して巨大化した奴に襲われたのだ。リーユエンが、躊躇なく剛弓を引かなければ、あの子は大怪我どころか死んでいたかもしれない」と、語った。
乾陽大公はリーユエンの手を取り、慎重に法力を流しこみながら、国王を見上げ
「サンロージア王女殿下は、何者かに狙われたのか?」と、尋ねた。
陛下は、「今、影護衛が調査しているところだ。サンロージアは年頃の娘だから、若獅子たちの注目の的だ。何しろ、あの子の配偶となり、朕と愚息と戦い、勝利すれば、金杖王国国王になれるのだから、皆、目の色が変わってしまうのだ。それに、先日、サンロージアは、舞踏会の中休みに、リーユエンを相手に指名して踊ってしまったからなあ」と、天井を見上げながら、つぶやいた。
大公には、ゲオルギリーの言いたいことが分からず「どういう事だ?」と、尋ねた。
すると陛下は、「年長の王女が、舞踏の中休みに指名したものとふたりきりで踊る時、それは、結婚相手の披露もしくは、この相手を凌駕するものでなければ、婚姻しないという宣言に等しいのだ」と、説明した。
大公は、眸を縦に狭め、口を開けて
「はあ?リーユエンは女だぞっ」と、叫んだ。
陛下はニヤッと笑い、「もちろん、結婚相手として、お披露目したわけではない。リーユエンを凌駕する実力者を、婿に求めるという意味だ。しかも、今日、リーユエンは、先代国王の神器である、銀の剛弓を見事に使いこなした。これを上回る実力のある婿など見つかるのか、正直心配でたまらん。ロージーは、最悪、一生結婚相手がみつからないかもしれない。もういっそう、女同士でも構わないから、リーユエンと縁付けるしかないかもしれない」
どんな手段を使ってでも、優秀なリーユエンを、金杖王国に止どめ置きたいゲオルギリーは、ロージーが望むなら、本気で女同士の婚姻を認めるつもりだった。
大公は、リーユエンの体内の法力の循環を確認しながら、
「何を馬鹿げたことを・・・リーユエンは、猊下の明妃なのだぞ。誰とも婚姻などするわけなかろう」と言い返した。だが、国王は、
「ふんっ、もう明妃位は返上したと公になっておるではないか。朕はともかく、デミトリーは本気でリーユエンを狙っているぞ。ロージーは思いつきで踊ったようだが、デミトリーは手強いぞ。それに、おそらくリーユエンの方にも情があるはずだ」と、大公へ揺さぶりをかけた。
大公は驚き「まさか、そんなはずは・・・」と、その時うっかり法力を強く流してしまい、リーユエンがうめき声をあげた。大公は、慌てて、法力を弱めた。
国王は、さらに揺さぶりをかけてやれと思い、
「アプラクサスも言っておったではないか。リーユエンは凡人なのだ。そなたたち玄武とは異なる世界に生きておるのだ。凡人が同じ凡人に惹かれるのは当然ではないか。いい加減、リーユエンを解放してやったらどうなのだ?」と、さらに重ねて言った。
ところがその時、リーユエンが、寝言で
「猊下・・・猊下・・・お見捨てにならないで」とひっそりささやき、涙を流したので、二人ともその場で凍りつき、黙り込んだ。
乾陽大公は、引き攣った笑みを浮かべ、「聞いたであろう。明妃のお心は猊下にあるのだ。この方が、猊下を差し置いて、若造なんぞに心を動かされるものか」と、言い放った。けれど陛下は、一歩も引き下がらず、
「何を言うか。見捨てられるかもしれないと疾しい気持ちがあるから、このような哀れな寝言をいうのだ。ドルチェンが、リーユエンを縛りつけているせいで、彼女の心は不安定になるのだ。解放されれば、一直線にデミトリーへ気持ちが向かうに決まっておる」と、反論した。
部屋へ入ってきたウラナは、
「リーユエン様が、痛みに苦しんでいらっしゃるのに、お二方でうるさくするのはおやめください。乾陽大公、治療が終わったら、陛下と一緒に早くお部屋から出てくださいませ。私は、この方のお体を綺麗にさせていただきますので」と、ウラナは、国王陛下と乾陽大公をじろじろと不機嫌に見ながら言った。ウラナの背後に、鎌首を持ち上げた大蛇が見えるような気がして、ふたりとも早々に部屋から退散した。




