41 外苑での巻狩り(7)
サンロージアは、デミトリーへ
「大穴熊が立ち上がって、私へ向かってこようとした瞬間、矢が一直線に飛んできて、熊の額の真ん中に命中したのよ。そして大穴熊は、後ろへ倒れたの。リーユエンが、対岸からお祖父様の剛弓で射抜いたの。凄いでしょう」と、興奮しながら話した。
デミトリーは、「嘘だろっ、あの剛弓は、父上だって使いこなせない神器だぞ。リーユエンに使いこなせるはずないじゃないか」と、言い返した。
サンロージアは、「えっ、でも、大穴熊の額を射抜いた矢は銀色で、額の骨が砕けていたもの。普通の弓では、ああはならないわ」と、反論した。
「・・・・・・リーユエンはどこにいるんだ?」
呆然と尋ねる兄へ、サンロージアは、黙って番人小屋を指差した。デミトリーは、小屋の中へ入ろうとしたが、王后が
「入ってなならぬ。ここで待ちなさい」と、制止した。
デミトリーの黄金の髪が逆立ち、表情はたちまち険悪になった。
「父上と中にいるのかっ、リーユエンは、俺のものだぞ」と叫び、王后を無視して扉の前まで駆け寄った。しかし、
「デミトリー、みっともない真似はやめろ。あの娘さんに恥をかかせたいのか?」と、老人が声をかけた。
「・・・お祖父様」
デミトリーもさすがに祖父の声を無視することはできなかった。
老人はデミトリーへ近寄り、肩に手をおき、小屋から離れた場所へ誘導し、
「王后から話は聞いた。あの娘を本当に手に入れたいと思うなら早く黄金獅子へなることだ。それができないのなら、おまえが口をはさむべきじゃない」と、諭した。
デミトリーは頭を抱え込み、うずくまった。
一方寝室では、リーユエンが影護衛の服をすっかり寛げられて、ゲオルギリーの懐の中に抱かれていた。
(三足鳥の燻製をつくろうなんて、食い意地を張ったのが、そもそもの間違いだったのか?でも、三十羽をさっさと射落として、一時間ほどで切り上げたのだから、何の危険もなかったはずだ。それに、事前に危ない動物は駆除してあるって内官長も四傑も言っていたのに、どうして魔獣化した大穴熊なんか出てくるんだ・・・絶対おかしい)
手首が腫れ上がり、ズキズキ痛みだしたのを耐えながら、リーユエンは落ち込んでいた。陛下は、リーユエンの怪我を可哀想に思いながらも、イチャイチャできてご満悦だった。それでも彼女の長いまつ毛に隠れた眸の様子で、内心の鬱屈には気がついており
「気にやむな。影護衛たちが今調査中だ。外苑の獣が魔獣化するなど、本来起こりえないことだ。近衛右軍の奴らの挙動が怪しかったから、ザリエルが原因を突き止めてくるだろう」と慰め、「傷が痛むのか?ウラナを呼んだから、痛み止めを持ってきてくれるだろう」と言い聞かせた。
すると、リーユエンは急に焦り出し
「ウラナを呼んだのですか?大変だっ」と、言いながら、懐から出て起きあがろうとした。それを、また腕の力で抱き直し
「どうしたのだ?彼女が来るまで、時間がもう少しあろう、慌てることはない」と、ゲオルギリー陛下はささやいた。
「お離しください。こんな格好、ウラナに見せたくありません」と、リーユエンは抵抗したが、
「構わないだろう。そなた怪我人なのだから、安静にしていろ。ウラナは侍女だから、主がどんな格好していようと仕えるのが当然だろう」と、呑気に言いながら、リーユエンの首筋に口付けした。
リーユエンは、手首が痛むし、剛弓を無理して引いたために、背中も痛かった。ゲオルギリーにしっかり押さえ込まれて、抵抗するのをあきらめた。
(ウラナに、またこんな所を見られるなんて・・・恥ずかしい)
しばらくして、木立の向こうから騎獣の蹄を蹴る音が聞こえ、四傑のひとりがウラナと共乗りして現れた。また着替え一式を入れた包みを抱えたウラナは、騎獣から降りるや、「リーユエン様はどちらにいらっしゃるのですか」と、悲壮な面持ちで尋ねた。
(ウラナの独白)
あれほどお気をつけくださいとご注意申し上げたのに、またしても負傷されたのです。リーユエン様は、ご自身の事に無頓着すぎます。タリナに案内されて、寝室へいきましたら、国王陛下の懐の中から、リーユエン様が申し訳なさそうなお顔で、私の方をご覧になりました。
「手首を負傷されたそうですね、見せてください」と、申しますと、リーユエン様は恐る恐る手を差し出されました。それをひと目見て、あまりにひどいお怪我の様子に、私も叱る気が失せてしまいました。私を呼び出した四傑の筆頭タリナは、リーユエン様が、神器である銀の剛弓を使いこなした事に、大層驚いた様子でした。ふんっ、何を驚くことがありましょうか。このお方は、玄武国におかれましては、法座主猊下の瑜伽業のお相手さえお勤めになる、尊い明妃でいらっしゃるのですよ。金杖王国の神器くらい、ご自身の力で従わせるくらいのことは、やり遂げてしまいます。当然でございます。本調子でいらっしゃれば、このようなお怪我もなさらなかったでしょうに、本当にお気の毒でございます。




