41 外苑での巻狩り(6)
「今まで一度もここへいらしたことのないあなたが、一体どういうこと・・・」
王后の声に、王に抱え込まれていたリーユエンが首をめぐらし、王后と目が合った。
「まあ、リーユエンじゃないの」
「・・・・・」
王后と目が合ったリーユエンは、顔を赤らめ、気まずそうにうつむいた。それを見た老人は、髭をしごきながら、
「ふうん、可愛らしい嬢ちゃんじゃないか?ロージーと同い年くらいか?」と、つぶやいた。
そこへ、ロージーも駆け込んできた。王后はさらに驚き、
「ロージー、あなたまで、どうしたの?」と、尋ねた。するとロージーが、
「さきほど大穴熊が巨大化して、私に襲いかかってきたのです、それをリーユエンがお祖父様の鋼弓で仕留めてくれたんです。私、もう少しで大穴熊に殺されるところでした」と、話すうちにも先ほどの恐怖が甦り、また泣き出した。
王后は、真っ青になった。
老人は、目を見開き、「あの鋼弓を、そのお嬢さんが、弓弦を引き絞って矢を放ったというのか」と、震える声で尋ねた。
ゲオルギリー陛下は、「その話は後でするから、爺さん頼むから、寝台を貸してくれ、シーツも新しいのに交換してくれ」と叫び「彼女を、休ませないとまずいのだ」と続けた。
「陛下、私は大丈夫です。ちょっと手首を痛めただけです」という、リーユエンへ、ゲオルギリー陛下は、
「リーユエン、あの鋼弓はな、黄金獅子の王気を込めて弓弦を引かねば、射ることができない神器なのだ。あなたが、どうやって射たのか分からないが、陽気が枯渇したら大ごとだ。だから・・・」と言い、ゲオルギリーは、にやけそうになる顔を必死で引き締めた。
王后は、大体の事情を察し、四傑へ、シーツを取り替えるよう命じた。老人は、ゲオルギリー陛下が抱き抱えるリーユエンへ近づき、
「手首を見せてごらん」と、声をかけた。差し出された手首を見た老人は、
「ふうむ、ひどい状態だな」と言った。手首が折れていると思ったが、老人は、若い娘にはっきり言うのは気の毒だと思い、その事は黙っていた。
リーユエンを寝室へ連れていき休ませると、ゲオルギリーは部屋の外へ一旦出て来て、王后へ「ウラナへ事情を話してここへ来るように、そして、乾陽大公と連絡を取るように伝えてくれ」と、頼んだ。そして、「デミトリーが、騒ぎを知ったらここへ来るだろうが、わしが事を終えるまで、家の中へ入れるな」と指示した。
王后は、気を利かせて、ゲオルギリー陛下とリーユエン二人だけを家内に残して、皆を外へ出した。
老人は、王后へ「あの娘は何者じゃ?」と、尋ねた。
王后は、「あの娘が、さきほどお父様が話しておられた、内官が噂をしていたという娘です」と、答えた。
「確かに、ゲオルギリーは露骨に鼻の下を伸ばしていたが、どこから手に入れたのだ?それに影護衛の服を着ておったではないか?影護衛なのか?」と、老人は訝しげに尋ねた。
「あの娘は、玄武の法座主の明妃です。南荒の神聖大鳳凰教の新教皇就任式典での騒ぎの責任をとり、明妃位を返上して、陛下を頼ってきたそうなのです。それは表向きの理由で、本当は、体調不良を治療するのに、黄金獅子の陽気が必要で、もらいに来ているのです。あの娘が来てくれたおかげで、後宮内の側妃の争いがなくなって、私はストレスから解放されて、今はとても気分よく穏やかに過ごせているのですけれど、ただ・・・」と、ここで頬に片手を当て、王后は言葉を途切らせた。
「ただ、どうしたのだ?」
父である老人に促され、王后は、眉尻を下げながら「デミトリーが、あのリーユエンの事を大層好いているので、困っているのです」と、小声で言った。
老人は、太い眉を眉間へ寄せ、腕組みして天を仰いだ。
「うぅぅむ、確かに可愛らしい子だが、親子そろって同じ女子を狙うとは・・・」と、唸るように言ったきり黙り込んでしまった。
「リーユエンもデミトリーの事は、思っているようなのです・・・何しろ、明妃ですし、それに大牙の大長老代行にまで選ばれてしまっているのです。そして、一番の問題は、デミトリーはまだ黄金獅子になっていないので、あの娘の相手をするのは無理だということなのです」
「どうして無理なのだ・・・年頃も近いし、お似合いではないか」
「あの娘は、強大な陰気を持っていて、強大な陽気がなければ、釣り合わないのです」
老人は、呆気に取られて黙り込んだ。
その時、林の向こうから、若獅子が一頭駆けてきた。王后の前で若獅子は、デミトリーへと転身した。
「ロージーが、大穴熊に襲われたって、母上、本当ですかっ」と、彼は叫んだ。
王后は、デミトリーへ微笑みかけ、「大丈夫よ。ロージーは無事だから」と返事した。すると、ロージーが走り寄って、デミトリーに抱きつき
「お兄様、怖かったわ。でも、リーユエンが助けてくれたの」と言った。
「リーユエンが・・・?」




