4 沼地を抜けて(3)
「ユニカ」
オマのところへ、カリウラがユニカを探しに来た。
「はい、総隊長」
ユニカがオマから離れ、総隊長へ駆け寄った。
オマは後ろで、腰に両手を当て、総隊長すら震え上がる恐ろしい目つきで睨んできた。
「すまんが、あの崖の上を飛んでみてくれ。あの崖は、巨人が一夜で大岩を断ち割って作り出したと言われる三百丈あまりの絶壁だ。あの杭を打ってある隧道からしか登っていけない難所だ。上は、岩だらけの土地で、何もないはずなんだが、また異変があるかもしれない。登りの途中で襲われたら大変だ。視力のいいおまえが、先に偵察しきてくれ」と、オマの事を気にしながら、カリウラは頼んだ。
「はい、了解です。行ってきます」
もうすっかり空中監視人らしくなったユニカは、しっかりした足取りで崖の方へ歩いていき、転身して上昇気流とともに螺旋を描いて飛翔した。
「あの子も、もうすっかり一人前だね」と、空を見上げてオマが言った。
カリウラは、オマへ「水をもらえるか」と、頼んだ。
オマは「朝、水筒を配ったろ。もう、飲んじまったのかい」と聞いた。
カリウラはぶるぶるっと首をふり「俺の分じゃない。リーユエンだ。あいつに水筒を渡しそこねていたんだ」と言うと、オマは不穏な顔つきで
「どうして、渡すのを忘れたんだい」と、詰問してきた。
カリウラは、身をのけ反らせ
「いや、宿営地の撤収で忙しくて、渡しそびれてて、今思い出したんだ」と、言い訳した。
「どこにいるんだい?私が持っていくよ」
オマをひとりで行かせたら、リーユエンに絶対恨まれると思ったカリウラは、
「こっちの方で見かけたから」と、案内をかって出た。
絶壁の方へしばらく歩いていくと、落石した巨岩にもたれて、絶壁を見上げるリーユエンがいた。カリウラは声をかけようとしたが、その前にリーユエンが体を折り曲げて、激しく咳き込んだのが見えて、慌てて駆け寄った。
「リーユエン、大丈夫か」
カリウラは声をかけて、口元を右手で覆うリーユエンを助け起こした。口元から下がった手のひらに血がついていた。
「血が出てるじゃないか」
カリウラは仰天して、傷がどこか確かめようとしたが、リーユエンは
「怪我じゃない。たぶん、内臓だと思う」と、囁いた。
しかし、もう間近まで来ていたオマは聞きつけてしまい「あんた、一体どうしたんだい?」と大慌てでリーユエンの両肩をつかんだ。オマに揺さぶられて、フードがずれて、彼が表情を強張らせたのが見えた。
「オマ・・・大丈夫だよ。大したことないから」
真っ青な顔で気まずそうに言う彼へ、オマは真剣な顔で、「吐血しておいて、大したことないわけないだろう」と言い返した。
今一番会いたくないオマに会ってしまい、リーユエンはカリウラへ助けを求めるように視線を向けたが、視線を逸らされてしまった。
「ほら、水だよ。朝もらい損ねていたんだろう?早く、飲んどきな」と、オマが水筒を差し出した。
「ありがとう、持ってきてくれたんだ」と、素直に礼は言ったが、すぐに飲もうとしない。オマは不思議に思い
「早くお飲み、朝から水も飲んでないんだろう」と勧めた。
「・・・・・」
オマは飲むまで戻らない様子なので、仕方なく水筒から一口水を飲んだ。体の中を水が通ると、刺し込むような痛みが広がり、リーユエンは微かに顔を歪めた。
オマは、リーユエンの表情に気がついて
「あんた、水を飲んでも痛むのかい?」と、おろおろと尋ねた。
カリウラが、オマへ「リーユエンは、昨日、沼地の匂いで気分が悪くなって、胃袋がひっくり返りそうなくらい戻したんだ。だから、まだ調子がよくないんだ」と、説明した。
オマは涙目になって「もしかして、あたしが大鉢いっぱい粥を食べさせたせいなのかい?」と、尋ねた。リーユエンは否定してやりたかったが、それも原因のひとつなのは間違いないので沈黙した。
カリウラがオマの分厚い肩を軽く叩いて「リーユエンは背が高くて、頑丈そうに見えるが、俺やおまえと違って虚弱なんだ。ちょっと扱いに気をつけてやってくれ」と、頼んだ。
リーユエンはオマへ近寄り、
「オマ、私は一回出血すると止まりにくい体質なんだ。外傷は止血薬があるが、内傷は薬がないから、血が止まるまで、絶食するから・・・この事は、誰にも言わないでほしい」と、囁いた。オマは黙って頷いた。




