33 明妃の苦悩(4)
しかしユニアナの心を傷つけたとしても、ここで中途半端に情けをみせることはできなかった。王位継承を巡る争いは、熾烈を極める。たとえ、ユニアナ自身に王位を継ぐ気がなくとも、周囲がそれに納得して、敵認定から外すとは限らないのだ。潜在的な脅威である以上、常にその命は危険にさらされる。王妃は、アンゼールに襲われたために、今は気弱になっているが、自身の息子の王位継承を邪魔する最大の障害がユニアナである以上、将来また命を狙う可能性は否定できないのだ。
明妃は、「あなたの苦しみの種を取り除いて差し上げたいと、私たちは思っておりますけれど、その前に、そのような事が起こるに至った原因を明らかにしていただかないことには、対策を立てることはできませんね」と、王妃へ話しかけた。
王妃は、明妃へ向き直り、「原因とおっしゃいますと?」と、尋ねた。
明妃は、手にしたレース柄の軽い扇でゆったりと扇ぎながら、
「南荒におられるべき王女が、何故、中央大平原で路頭に迷うような有様になったかを、まず、明らかにしていただなくては」と、言った。
「・・・・・」
王妃はしばらく黙り込み、それから、のろのろとした口調で
「あの子が王宮を飛び出したのです」と、小声で話した。明妃は、パシッと扇を畳むや、その先端をいきなり王妃の細い顎の下へ当てがい、くいっと持ち上げた。王妃は顔を恐怖に引き攣らせた。明妃は、ヴェールを捲り、強い光を放つ紫の眸で彼女の顔をじっと見つめ、抑揚のない冷たい口調で
「王宮の中で傅かれて育った姫君が、たったひとりで勝手に出ていって、中央大平原まで流れ着いたとおっしゃいますのか?そんな出鱈目な話、誰が信じますか?そもそも、南荒から出航する船便は、荒天続きでわずかしかない。あなたに、引き止める気があればできないはずがない。それなのに、あなたは、ユニアナ王女を厄介払いしようと、船便を抑え、乗船させるようにと、わざわざ頼んだのでしょう?」
王妃は、明妃の鋭い眼光に居竦められ、視線を外せないまま
「どうして、そんな事までご存知なの?」と、反問した。
明妃は、ふっと笑った。その笑いは、人智を越えた魔物の笑みのように見えて、王妃はますます恐ろしくなった。
「ビアンチャンの大船主は、私と旧知の間柄です。彼は、ユニアナ王女が船に乗った時の様子を教えてくれましたよ」と、明妃はささやいた。
王妃は、恐慌状態に陥り、心の中で(明妃は、魔女だと噂があるけれど、やはり本当に魔女なのかしら?この女は、どんな隠し事でも見破る邪眼の持ち主なのかしら?)と、心底慄いた。
二人が対決する様子を眺めながら太師は、(リーユエンは、狐狸国の抜け目ない商人や、荒くれ者の荷駄持ちとやり合ってきて、交渉事には経験豊富だ。王宮の女狐といえども、世間知らずな女子にすぎない。とてもじゃないが、相手にならんだろう)と、思った。
明妃は、王妃の反応を冷静に見極めながら
「あなたは、私のことを魔女だとでも思っていらっしゃるようね」と、ささやき、瞳孔が広がったのを確認すると、さらに「安心なさってくださいな。私は、あの蜘蛛女のアンゼールのように、人の飛魄を取り上げて食い物には致しませんから・・・あら、そういえば、ユニアナも飛魄を取り上げられたそうね。その経緯も、あなたの方から、説明していただこうかしら?」と、畳み掛けた。
王妃は、明妃が恐ろしくてたまらなくなった。救いを求めて、太師の方を見た。けれど、太師も無表情に王妃を見据え
「王妃が、正直に話してくださらなければ、我々も対策の立てようがありません」と、冷たく突き放した。
明妃は、王妃の顎の下から扇子を抜くと、「南荒の魔導士の力は、かつてないほどに弱まっている。今、この状態で、王妃の苦境をお助けできるのは、おそらくヨーダム太師だけでしょう。正直にお話しいただければ、あなたとお子様方が、アンゼールに害されることのないよう対策を講じましょう。けれど、正直に話していただけないのなら、ご自身で何とかなさいませ」と、諭した。
王妃は、明妃からユニアナへ視線を移した。ユニアナは立ち上がると、王妃へ近寄り
「お義母さま、私は、ただ、本当の事が知りたいだけなのです。私にとって、王位継承権は最も重要なことではありません。ただ真実が知りたくて、戻って来たのです。どうか、本当の事を教えてください」と、王妃へ訴えた。
王妃は、うつむき、しばらくじっと考え込んだ。明妃は、側で辛抱強く彼女の返答を待った。ようやく、王妃は顔をあげ、
「分かりました。真実をお話しいたします」と言った。そして、「そもそもの初めは、ユニアナ王女の母、アナクレア様がご病気になられた事がきっかけだったのです」と、話し始めた。




