32 百鳥の王と飛魄の謎(5)
アプラクサスは、明妃を見上げ
「ミンは大人しそうに見えて、大胆な事をするんだね。でも、確かに、それくらい思い切った方法なら、空を飛べるようになるだろう。鳥族は、潜在的に飛ぶ能力があるんだから、飛魄が自分の中からなくなっても、本人に強い意思があれば飛べるはずなんだ」
明妃は頬杖をつき、「そうなってくると、飛魄が一体何なのか、ますます分からないわ。切羽詰まれば空を飛べるのなら、飛魄なんて関係ないんじゃないの?あなた方鳥族って、自分自身に飛魄があるかどうかなんて、分かるの?それとも、ただ、言い伝えとかを信じているだけなのかしら?」
今度は、アプラクサスと公爵が顔を見合わせた。そして、まず公爵が
「いや、自分自身でも感じとれるのです。瞑想をすれば、さらにはっきりと意識できます。何と表現していいのか、体の中心に、熱く燃え盛る核のようなものが意識できるのです。そして、それがあることで、いつでも羽ばたき飛翔できるという、確固とした自信が持てるのです」
公爵の言うことをうなずきながら聞いていたアプラクサスは、突然、体を硬直させ「・・・・言われてみると、我は、最近、そんな核があるのを感じたことがなかった。何だか、体の中が、伽藍として冷え切っているような気がする」と呟いた。
明妃は、紫の目を眇め、笑みの消えた顔でアプラクサスをじいっと見つめ
「・・・アプちゃん、あなた、もしかして、復活の儀式の時に、誰かに飛魄を盗られたんじゃないの?」と、尋ねた。
アプラクサスは、嘴を数回パクパク開閉させ、目を見開き
「そうなのかな?・・・いや、そうだよ。そうに違いない。だから、尾羽が生えなかったんだっ」と、最後の方は叫び出した。
明妃は、アプラクサスを抱き寄せ、背中を撫で付けながら、
「落ち着きなさい、アプちゃん・・・私は、やはり、二百年前の復活の儀式のトラブルは、飛魄に関わりがあると思うわ」と言い、しばらく考え込んだ。それから、目を見開き、アプラクサスを見下ろし、
「そうだ、アプちゃん、私と瑜伽業をやってみない?そうすれば、何か分かるかもしれない」と、言い出した。それを聞いたダルディンが、ガターンと椅子を蹴立てて立ち上がり、明妃を指差し
「あなたは、猊下以外の方と瑜伽業を行うつもりなのかっ」と、叫んだ。
明妃は、どうしてダルディンが、そんなに顔を真っ赤にして、批判的な口調となったのかが理解できず、不思議そうに彼を見上げ
「だって、アプちゃんと瑜伽状態で精神交換すれば、復活の儀式の時の様子がはっきり分かると思う。そうすれば、同時に先見を行える。ただ、劫火に焼かれる苦痛に私が耐えられるかどうかが問題なのよね・・・」と、言い、考え込んだ。
しかし、ダルディンは、「猊下がそんな事をお許しになるはずないだろう」と、言った。
明妃は、しばらく沈黙し、それから、ダルディンを見て、
「あなたは、ご存知ではないでしょうけれど、アプちゃんはね、九百年前に、南荒で、死にかかっていらした猊下を助けてくれた命の恩人なのよ。だから、アプちゃんを助けるために、瑜伽業を行うことについては、猊下のお許しは必ず出してもらいます」と、きっぱり言った。
横で聞いていた太師は、また、はあーっと太いため息をつき
「大公殿下、明妃がここまで言う以上、猊下も折れるしかないだろうと思う。ただ劫火のことがあって、非常に危険な業となるだろうから、わしが付き添って監視することにしよう」と言った。太師は、内心、こんな危険な業を、愛弟子のリーユエンにさせたくはなかったが、言い出した以上は、何としてでもやり遂げようとする弟子の気性をよく理解していたので、協力することにした。
アプラクサスは明妃を見上げ、
「ミン、瑜伽業って一体何をするのだ」と質問した。明妃は、優しく微笑むと、アプラクサスの頭の横へ顔を近づけ、小声で何やらささやいた。するとアプラクサスは、羽をばたつかせ
「すごい、すごいっ、そんなことができるのかっ。我もやりたい、絶対やってみたい」と、興奮して叫んだ。
ダルディンは、明妃とアプラクサスの暴走に弱り果て
「おいおい、神聖大鳳凰教は、瑜伽業は認めていないんだろう、そんな事をして本当にいいのか?」と、声をかけた。
俗人である公爵は、教理上の問題など理解できなくて、ただ呆然とやり取りを聞いていた。




