32 百鳥の王と飛魄の謎(4)
明妃は、オレンジのついた嘴をそっと拭ってやりながら、アプラクサスへ尋ねた。
「尾羽は、その後も生えてきていないの?」
アプはうなずき、「そうなんだ、ずっと生えてこないままなんだ。そして、ここ五十年の間で、復活が近くなるにつれ、また羽の色が褪せていって、今はこの状態なんだ」と、答えた。
明妃は、アプラクサスの頭の後ろをそっと撫でながら
「劫火に焼かれて復活したら、羽の色はまた極彩色に戻るのかしら?」と、尋ねた。
「たぶん、そうなると思うよ。だけど、尾羽がちゃんと生えてくるかどうかは分からない」と、少し悲しそうに言った。
明妃は、宙を見上げ「二百年ほど前の復活の儀式で、アプラクサスの尾羽は生えてこなかった。そして、アプちゃんの羽は、五十年前ほど前から色褪せ始め、同じ頃から飛魄を失う者が現れたのか・・・」と、呟いた。
公爵が、テーブル越しに身を乗り出すようにして
「殿下は、アプラクサスが尾羽を失ったことと、飛魄を失った者がいることに、何か関連があるとお考えなのですか」と、尋ねた。すると、明妃は、首を少し傾げて
「確信があるわけではありません。ですが、アプラクサスが、不完全な姿で甦った原因が、何らかの力を奪われたせいだと仮定すると説明がつくと思ったのです。その何らかの力が、次の復活が近づいて弱まってきたために、何者かがそれを補おうとして、飛魄を奪ったのだと・・・」と、言い、そこでアプラクサスへ視線を向け、
「アプちゃん、あなたは百鳥の王と呼ばれているけれど、あなたにも飛魄はあるの?」と、尋ねた。アプラクサスは、目を見開き
「我も、鳥なのだから、飛魄はあると思うよ」と、答えた。
「そもそも飛魄って何なの?ユニアナ王女は、それがないと空を飛べないと悩んでいたけれど、ちゃんと転身もできたし、空だって飛べるようになったのよ」
「鳥族を鳥族たらしめる何かが、飛魄であろう。鳥族に生まれた者には、飛魄は生来備わっているのだ。たとえ、奪われようとも、飛魄とその体とのつながりを断つことはできない」
「では、つながりを断てないのなら、どこかで繋がっているはずってこと?それなら、奪われても空は飛べるってことなの?」
「飛魄の有る無しが、飛ぶことを左右するかどうかは、我には分からぬ。ただ、飛ぼうとする意思が、飛魄がなくなれば弱まってしまうだろう」
「弱まってしまう・・・でも、飛魄がなくなったかどうかなんて、どうやって判断するの。ただの気のせいかもしれないでしょう?」
明妃の質問に、アプラクサスはちょっと黙って考えると、逆に尋ねた。
「では逆に聞くけれど、飛魄を失ったはずのユニアナ王女を、君は、どうやって飛べるようにしたんだ?」
「それは・・・・ええっと・・・」
明妃は、公爵へちらっと視線を走らせ、答えたものかどうか迷った。公爵は、ユニアナの母に忠誠を誓い、王女を大切に思っているので、乱暴なやり方で飛べるようにしたのを、正直に言うのが躊躇われたのだ。ところが、何でもはっきり口にするダルディンが平然と
「王女から聞いたところによると、隊商に参加した時、出資者のリーユエンから、彼女は高い崖から突き飛ばされ墜落させられた。そして地面に激突するまいと、必死で転身し羽ばたいて、飛べるようになったそうだ」と、答えた。
それを聞いた公爵は、恐怖で真っ青になり
「その不届き者を呼んでまいれっ!王女殿下へ何と言う真似を、もしも転身できなければ、死んでいたかもしれないではないかっ」と、叫んだ。
明妃は、珍しく慌てて、
「あら、ちゃんと私も一緒に墜落して、側についていたし、着陸がうまくできなかったから、受け止めてあげましたよ。怪我しないように、一応、気をつけたのだから」と、説明をつけたした。
それを聞いた公爵は、椅子から立ち上がり、明妃を指差し、
「ハッ?あなたが、側にいたのですか?一緒に墜落したってどういうことですか?どうして、鳥族でないあなたが、崖から落ちて平気なのですか?」と、尋ねた。
額を抑えたヨーダム太師が、大きなため息を吐くと、公爵へ
「明妃殿下は、わしの直弟子で、魔導の術では、もう指導するところがないほど優秀なのだ。空中浮揚など、並の魔導士にはできない業でも、この方には造作のないことだ」と説明した。
「・・・・・・」
公爵は、完全に言葉を失った。ただ口をあんぐり開けて、明妃を見つめた。




