32 百鳥の王と飛魄の謎(1)
明妃へデカンタを投げつけた犯人は、目撃者があまりに多く、ハトシェンアラはすぐ拘束されてしまった。とはいうものの、彼女は第二王女である。国王と、側近たちは頭を抱え込んだ。
国王は、王妃へ
「今晩の舞踏会は、まるで無作法の極みではないか。あなたは、いつも、儀式は手堅く取り仕切っていたので、信頼して任せておいたのに、王子どころか王女までもが、明妃殿下に無作法を働きおって、一体どういうつもりなのだ。彼女は、魔導界を、神聖大鳳凰教と勢力を二分する玄武国法座主ドルチェン猊下の名代なのだぞ。しかも、猊下の寵愛深い妃として有名なのだ。それを、あのような狼藉を働きおって、まったく許し難い。ハトシェアラは、地下牢へ押し込めておけ、明日の閣議で処分を決定する」
王妃は、激怒する国王へ取りすがり、
「ハトシェアラは、ユニアナから破談した婚儀のことを話題にされて逆上してしまったのです。正気ではなかったのですから、どうか寛大な処分をお願いいたします」と、涙声で訴えた。けれど国王は険しい表情のまま、
「その程度の感情を抑制できないで、王族を名乗ることなど許されようか。それよりも、玄武国使節の、わが国に対する印象が、これ以上悪化しないようにすることが急務だ。衛兵、ハトシェアラを地下牢へ連れていけ。そして、私の許可がない限り、誰にも会わすでない」と命じた。
国王は、明日一番に使者を立てて、玄武国使節へ謝罪しなければと思い、誰を使者に立てればよいかと頭を悩ませ始めた。王妃は、これ以上は王の怒りを買うだけだと悟り、静かに御前を下がった。
冠鷲荘へ戻った明妃の姿を見るなり、ウラナは悲鳴をあげた。
「んまあっ!明妃、その格好どうなさったのですか?」と、恐ろしいものを見るように近づき、鼻を蠢かした。
明妃は、肩をすくめようとして、痛みにちょっと顔をしかめ
「果実酒入りのガラス容器を投げつけられたのよ。どうせなら、蒸留酒入りのを投げてくれたら、よかったのに・・・もう髪がべたべただから、洗ってちょうだい」と、返事した。
ウラナは、うなずき
「もちろんでございます。そんな甘ったるしい匂い、早く取り除いてしまいませんと、すぐご用意いたします」と、働き始めた。
この宿は、目下、玄武国使節団の貸切なので、浴場も好きな時間に利用できた。ウラナは、明妃を浴場へ連れて行った。
浴槽に浸かる明妃の後ろで髪を洗いながら、ウラナは、
「明妃、右肩の下がもう青黒くなっていらっしゃいますよ。本当に災難でしたね」と、労った。すると明妃は
「そうよ、災難だったわ。生ごみを頭からぶちまけられるよりはマシだけれど、まさかデカンタごと飛んでくるとは思わなかったわ」と、こぼした。
「一体誰なんですか?こんな不埒な真似をしたのは?」
「ユニアナ王女殿下を狙って、妹のハトシェアラが投げつけたのよ。彼女に当たらなくてよわったわ。危うく顔に大怪我を負わせるところだった」
「どうして、術で割っておしまいにならなかったです?」
「あの場で魔導術を使ったら、また魔女だって噂が立つわ。それに、鳳凰教の魔導士が監視していたでしょうから、私の手の内を見せるわけにはいかないし・・・」
ウラナは、話をしながらも、髪から果実酒を落とし、丁寧に濯ぎ、ほっそりした首筋から髪を持ち上げ、頭頂部で巻き上げた。
「さあ、これでよろしゅうございます。後はお部屋でお手入れいたしましょう」
「そうだ、ウラナ、あとで、何か持ってこさせて、私、踊りばかりさせられて、一口も食べてないし、飲んでもいないのよ」
「畏まりました」とウラナが承知したところへ、アーリナが入ってきて、
「明妃殿下にお目にかかりたいと、タイソンファ公爵がお見えです」と、報告した。




