31 大舞踏会(8)
大広間の中央、十六組を踊ってすべて移動し終え、明妃は、ようやく踊りの組から脱出できた。そして、休憩しようと、壁際のテーブルへ行きかけたところ、いきなり腕を柔らかくつかまれた。振り返ると、自分とさほど身長の変わらない見知らぬ貴族が、にこやかな笑みを浮かべ、
「明妃殿下、我らとも踊ってください。我らは、南荒北東部地方ティアンシャン国を治めるタイ鳥の一族です」と言うと、耳元で声を低め、「我らは、ユニアナ王女殿下の今は亡き母君、アナクレア様に忠誠を誓った一族なのです。このたびは、王女殿下を無事に連れ帰っていただき、感謝申し上げます」と、言いながらも、もうタイ鳥一族の踊りの輪の中へ連れ去られてしまった。そこには、ユニアナとサンロージア、それに、すでにげっそりした顔のシュリナまでいた。
ユニアナは、明妃が来るのを見て、顔を輝かせた。明妃のそばへ歩みよると
「この方は、私の母の一族に連なるティアンシャン公タイソンファ公爵です」と、明妃の腕をとる男を紹介した。
公爵は、白髪を額から後ろへ撫で付け、目は灰色で、顔立ちは大作りで穏やか、タイ鳥の部族衣装、白い襟と袖飾りのついた草木染めの膝丈の着物の上に、錦繍織の袖なし上着を身につけた初老の男だった。明妃は、彼へ微笑みを浮かべながらも、内心では、(鳥族はせいぜい五尺半前後だろうと思っていたけれど、タイ鳥は六尺を超えているわ。予備調査が足りなかったわ・・・)と、気がつき、ダンスなんて、相手がいないから、すぐ終わるだろう、と思っていた自分の認識不足を密かに反省した。
二巡目の踊りは、他の組への移動はなくなり、一巡目で気に入った者同士が組をつくり、輪になって踊り続けるのが慣わしだった。
新たな舞曲が始まり、踊りながら、タイソンファは明妃へ「最近、王妃は、排除したい連中をわざと舞踏会へ招待し、いろいろ嫌がらせを行うと噂になっているのです。踊りのテンポをわざと早くしたり、遅くしたりするとか聞いています。踊り好きの国王陛下の前で、みっともない様子を見せ、陛下の不興をかうように仕向けるのです。ですから、ユニアナ殿下は、タイ鳥一族の中で踊っていただきお守りいたします」と、ささやいた。
タイソンファは踊りの名手で、さきほどから妙にテンポがおかしくなってきた舞曲にも平然と対応していた。
明妃は心の中で(こんな公の舞踏会で、舞曲を規定どおり演奏させないなんて、あの王妃は何を考えているのやら・・・非常識にもほどがあるわ。金杖国の者が踊りそこねたら、あのプライドの高い一族は我慢ならなくなって、怒り出すわ。そうしたら、外交問題になるのに・・・)と、考えつつ、タイ鳥一族の中で、危なげなく踊り続けた。
王妃の狙いは、二巡目で、ユニアナを仲間外れにし恥をかかせることにあったが、思いがけないタイソンファ公爵の登場で、狙いが外れてしまった。それに、招待客の中でもデミトリー王太子に匹敵する身分高い明妃が、タイソンファ公爵に取り込まれてしまい、王室が果たすべき外交儀礼がまったくできていない印象を皆に持たれてしまった。
(ダメだわ・・・思った展開と違う方にばかり進んでしまう。もう、こうなったら・・・)
王妃は、自身のドレスの胸元についたブローチを握り締めた。それは、尼魔導士アンゼールから手渡されたもので、握りしめて、相手を意識して念ずると、操ることができるのだ。アンゼールは、このブローチに宮廷楽団の指揮者の髪の毛を入れて、呪いをかけたので、今回操れるのは、指揮者だった。そして、王妃は、指揮者へ、曲のスピードを最大限早くするよう命じた。
突然、曲が信じられない早さで演奏され出した。辺りはざわめき、踊りが中断され、眉をしかめ、楽団の者をにらむ者まで現れた。
「おや、指揮者は頭がおかしくなったのかな」と、格段に難しくなっても余裕で踊りこなしながら、タイソンファ公爵はささやいた。明妃は、
「もとの速さで踊りましょう。そうすれば、演奏者が合わせてくれるでしょう」と、ささやき返した。公爵は、片眉をひょいと上げ、
「なるほど、それはいい考えだ」と賛成し、彼女を正しい速さの踊りでリードし始めた。




