31 大舞踏会(1)
翌日早朝、明妃が目覚めると、アプラクサスが顔をのぞき込んでいた。
「・・・アプちゃん、おはよう」
明妃は、黄色の目のアプへ、ほのかな笑みを浮かべてあいさつし、「昨日は、猊下を途中で止めてくれてありがとう」と言った。一箇所で束ねた黒髪が、枕元に扇のように広がる明妃が、まだ眠そうに目を細めて話しかけてくる様子を、アプはうっとり眺めながら、
「昨日は大変だったね。もう、痛くないの?火傷するところだったね」と、言うと、
「我は、ドルチェンと、九百年ほど前に会ったことがあるんだよ」と、続けた。
明妃は、半身を起こし「猊下をご存知なの?」と、尋ねた。
アプはうなずき、「うん、彼はね、あの頃、中有に封じたリュエを、記憶も何もかも、そっくりそのまま甦らせる方法はないかと、方々を旅して調べていたんだよ。そして、辿り着いたのが、南荒だったんだ。あの時、ドルチェンは、力を消耗し過ぎて、死にかかっていたんだ。我が、彼を助けて、一緒に色々調べてあげたんだけれど、結局、玄武の法力では、中有に留めることはできても、現生に再び転生させるのは、難しいというのが結論だった」
「そう・・・彼はそんな事をしていたのね」と、明妃は胸元を押さえて、そっと呟いた。
「君は、リュエの記憶も覚えているようだね」と、アプに聞かれると、明妃は、微笑み「大体のところは思い出したわ・・・でも、私はもうリュエではないもの。あの人が思っている女と、私はもう別人だわ」と、悲しそうに言った。
「ミン、そんな事はないよ。君は、やっぱりドルチェンの最愛の人だよ。そこは全然変わっていないよ。ドルチェンは、南荒からさらに東荒へ旅して、知識を得ようとしていたのだけれど、その頃、先代の法座主が危篤になって、玄武の国へ呼び戻されたと、南荒にも噂が流れてきたんだ。それっきり、我は、ドルチェンに会うことはなかった」
「ありがとう、教えてくれて・・・」と、言う明妃の表情が何だか憂鬱そうに見えて、アプは首を傾げた。
「どうしたの?昨日の事、まだ気にしているの?」
「猊下は、昨日、法力を寄越してくださったのよ。前なら、それですぐ体調が良くなったのに、最近、法力をいただいても、疲れが残っているような気がして・・・」
アプは目を細め、明妃をじっと見た。そして
「ミンは、最近大怪我したことがあるの?」と、尋ねた。
明妃は寝台から起き上がると、「そうね、西荒の大牙国で、ひどい目に遭わされて、一月ほど寝たきりになったわ」と返した。
アプは、真面目な顔つきで「ミン、もう絶対大怪我をしてはいけないよ。君が大怪我したら、君もドルチェンも、とても苦しい選択をすることになるから、絶対に気をつけるんだよ」と、忠告した。
明妃は、その忠告の重大さをよく理解できないまま、ただ、「気をつけるわ」と返事した。
扉を叩く音がし、ウラナが入ってきた。明妃の朝の日課が始まった。
日課をすべて終えた明妃は、朝食の席で、ダルディンと太師と、昨日国王陛下の近侍が置いて帰った招待状の内容を確認した。
「舞踏会なのね。踊れってことなの?」
明妃は、嫌そうな顔で言った。
すると、ダルディンが
「あなたは、ダンスはできるだろう?」と、聞いた。
明妃はムスッとした顔でうなずき「一応踊れますけれど、あんなの面倒臭いわ。棒術の教練する方が楽しいもの」と、言った。
その横で、太師はため息をつき首を振った。
明妃は、そこで急に明るい表情になり、「でも、金羽国なら、皆小柄な人が多いわ。私を踊りに誘うような人なんて、いないわね。私の背は、太師と同じくらいだから、そんな背の高い鳥族の男性なんて、あまりいないもの、一曲踊ったら、もう壁際で座っていられるわね」と、嬉しそうに言った。それから、はっと気がついて「そうだわ、ユニカはダンスができたかしら?ウラナへ聞いてみないと」と言い出した。
明妃から、尋ねられたウラナは、眉を寄せ
「礼儀作法はお教えいたしましたが、確かにダンスは、うっかりしておりました」と、ダンスを教えていないと答えた。
「ここもカドリーユかしらね?」
明妃は首を傾げ、それから、「そうだ、ウラナ、あとでシュリナへ、サンロージア王女殿下のところへ行って、ユニカのダンスのご指導をお願いするって頼んでちょうだい」と指示した。




