30 ユニアナ王女殿下(1)
明妃に続き、ウラナにシュリナ、アーリナ、ユニカが次々に車に乗り込み、ダルディンが、最後に堂々と乗り込み、ヨーダム大師が南洋オリックスへ軽く鞭を当てて、発車させた。
彼らの宿は、港町から十里南、海岸から離れた王都の大通りにある、冠鷲荘だった。そして偶然にもその隣の、黒鷺荘には、金杖一行が宿をとり、大通りの向かい側にある鸚鵡荘には、大牙の一行が宿をとっていた。
冠鷲荘で客室へ入るなり、アスラは明妃にしがみつき、
「リーユエン、我はもう五日、おまえから生気をもらってなくて飢え死にしそうなんだっ、今すぐ、我に生気をくれ〜」と、目を回して泣きついた。明妃は、アスラにしがみつかれながら、他の者へ、「今すぐ、扉を閉めて部屋から出てっ」と、急いで指示した。アスラ以外は全員部屋から追い出された。皆が部屋から出ていくや、もう我慢できないアスラは、明妃を抱き上げ、寝台へ直行し、彼女をその上へ投げ出すや、自分も飛びつき、生気を貪り始めた。
「明妃、明妃、起きてくれ」
頭の上から、ダルディンにうるさく呼びかけられて、明妃は目を覚ました。まだ、体は冷え切り、とても寒かった。五日分の飢えを満たそうとするアスラの食欲は凄まじく、指の一本すら動かしたくない気分だった。
「・・・・今、何時?」
明妃は、掠れた声で尋ねた。
ダルディンは、明妃を助け起こしながら、
「五時半だ。すまないが、王宮から先触れがあって、国王陛下が微行で来られるそうだ」と、告げた。明妃が
「ウラナへ、ユニカに王女殿下の支度をするように言って・・・」と、言いかけると
「大丈夫だ。ウラナはもう取り掛かっている。君も立ち会うだろう?」と、ダルディンが素早く返事をした。
「ええ、立ち会います。ユニカが、どうして自分は追放されたんだなんて、思い込んでいるのかを確認しなければ・・・ったく、路銀だけ渡して、若い娘ひとり、南洋海を渡らせるなんて、一体どんなお方なのか、是非お目にかかりたいわっ」と、剣呑な口調でささやいた。
生気をごっそり抜かれ、少し窶れて見える明妃の眸は、憤りに輝き、全身から妖しい色香が匂い立っていた。ダルディンは、こんな状態の彼女を、国王に会わせて本当に大丈夫なのかと心配になってきた。できれば、魔導士服を着せて、フードを頭からすっぽり被らせ、何もかも隠した状態で会ってはもらえないだろうかと、思うほどだった。
明妃は、まだ、ふらつく足で立ち上がり、「ウラナなら、抜かりはないでしょうけれど、一応、仕上がりを見ておかないと」と、言いながら、フラフラと部屋を出た。
ダルディンは、明妃へ腕を伸ばして支えてやりたかったけれど、凄まじい色香に当てられたら、また自分の理性が飛びそうなのが恐ろしくて、体へ触れることができなかった。
事情を知らない人が見たら、酔っ払って千鳥足で歩いているとしか思われない様子で、明妃は、共用の衣装室の扉を叩き、ウラナの返事を聞くと、扉を開けて中へ入った。
振り返ったウラナは、明妃を見て
「まあ、明妃、動かれて大丈夫ですか」と、声をかけ走り寄ると、体を支えて、長椅子へ座らせた。明妃は、ウラナを見上げ、
「ユニカの支度はできた?」と、尋ねた。
ウラナは、珍しく微笑むと、「ユニカ、明妃にご覧になってもらいなさい」と、声をかけた。
大きな姿見の影から、王女殿下が現れた。淡い桃色のレースを襞状に飾りつけたコルセットで胸元を大きく開け、黄金の生地に小薔薇模様を浮出し織にした上着と、同じ生地の、裾が長くたっぷり膨らんだドレス、その上から深紅の生地に金糸で大ぶりな薔薇を刺繍した長いガウン、首飾りは、金鎖の中央に眸の色に合わせた淡い緑色の梨型宝石のペンダント、髪はふんわり膨らませてハーフアップにして、真珠つきの淡い緑色のリボンで飾り、顔もすこし白粉をつけて、そばかすの色を薄めてあった。
明妃は、立ち上がり、手をパチパチ叩き、「素晴らしいわ、王女殿下」と呼びかけた。ユニカの顔はみるみる真っ赤になり、
「何だか、自分じゃないみたいです」と、恥ずかしそうにささやいた。
「何を言っているの、それこそ、あなたの本来の姿でしょう」と、明妃が優しい口調で励ました。それからウラナへ、「ウラナ、国王陛下に失礼にならない程度で、一番目の細かいヴェールを私に被せてちょうだい」と指示した。
ウラナはすぐさま、昼間つけていた垂布より密に織られ、透き通りにくいヴェールを持ってきて、明妃の頭に被せ、白金の輪を嵌めて止めた。それを見ながら、ダルディンは(やれやれ、ご自分でもある程度は自覚なさっているようだ)と、内心ほっとした。




