3 幻水楼の歌姫(3)
リーユエンとカリウラは、また顔を見合わせた。カリウラが、デミトリーを上から見下ろして
「遊びに行くんじゃないぞ。以前はなかった不審な街があるから、様子を見にいくんだからな」と、凄むように言った。
デミトリーは、うんうんとうなずき
「大丈夫、俺は腕が立つから、連れていったら役に立つぞ」と、自信満々で売り込んだ。
リーユエンは、彼とユニカへ
「言っておくが、街へ行っても飲み食いは一切禁止だ。命が惜しかったら、何にも手を出すな」と注意した。
デミトリーは不服そうに「ちぇっ、何も食べられないのか」と呟いた。
ユニカは体が小さいので、大隊長と一緒に騎獣に乗り、他の者は各々一本角の足長の騎獣に乗り、新しくできたという街を目指した。一時間ほどで街へ到着すると、すでに何組かの隊商が列をなして、街の大門を次々に通過するところだった。彼らも、大門から入ると、そこから幅の広い道路が一直線に伸び、四百丈ほど進んだ先の突き当たりには、いくつもの楼閣が立ち並んでいた。楼閣の手前は広場で、白い日除天幕に覆われた露店がいくつも並び、商人が威勢のいい声を張り上げ、呼び込みを行っていた。地図で確認していなければ、まったく普通の街だと思ってしまうところだ。
騎獣に乗ったまま、彼らは街の中を進んだ。
「カリウラ、この通りは、あの楼閣で行き止まりになって通り抜けできないようだな」
リーユエンの指摘に、カリウラもうなずいた。
「確かに、なんか変だぜ。薄気味悪いくらい普通の街です感出してるが、なんか、わざとらしいな」
隊商の中には、露店の商人から物を買っている者もいた。
「焼き煎餅だよ。焼きたてだよ。ひき肉がたっぷり入っているよ。甘味噌、辛味噌どっちもいけるよ」
「朝とれたての木苺だよ。木苺のパイもあるよ」
「串刺し肉だよ、パンに挟んであげるよ」
露店からは、いい匂いが漂い、デミトリーは鼻をひくつかせた。
ところが、リーユエンは真っ青になって袂で口元を覆った。カリウラが気がつき、彼へ騎獣を寄せて
「どうしたんだ、気分が悪いのか」と、声をかけた。
リーユエンはフードを下げたまま、彼へ
「誰も分からないのか、この匂い、沼地の匂いだぞ」と言った。
カリウラは驚きながら
「俺には、食い物のいい匂いしかしないぞ」と言った。
「うう、臭くて、胃の中のものが逆流しそうだ。早く街から出よう」と、リーユエンは騎獣の向きを変えようと手綱を引いた。騎獣は、前足を高々と上げ激しく抵抗し、リーユエンを振り落とそうとした。
「うわ、危ない」
まだ側にいたカリウラの騎獣まで巻き込まれそうになり、慌てて脇腹を蹴って後退させた。
「どうっ、静まれっ」
リーユエンは必死で手綱をしぼり、制御しようとした。が、騎獣は正気を失ったように暴れ続けた。
(リーユエン、こいつ、何かに操られているぞ)と、魔獣が囁いた。
魔獣へ返事もできないまま、リーユエンは騎獣の鼻先を楼閣の方へ向けてみた。途端に騎獣は、すべての足を地につけ大人しくなり、そのまましゃがみ込んだ。
(街から出ようとしたから、暴れたのか・・・)
騎獣から降り立ったリーユエンへ、
「若様、お怪我はございませんか」
涼やかな美声が聞こえた。ヒラヒラと薄衣を揺らしながら声をかけた美女が近寄って来た。衣は体の線が透けてみえるほど薄く、宝石の額飾りをつけ、青い目もとはマスカラで怪しく縁取られていた。
「ありがとう、大丈夫だ」
騎獣が激しく暴れたせいで、フードが背中へ落ちてしまい、顔を晒したままリーユエンは返事をした。美女の青い瞳は漣のように輝き、濡れたように光沢のある唇が少し開き気味で、立ち上がったリーユエンをうっとり見上げた。
(うっほ、リーユエン、こいつ滅茶食べごろだ、食べてもいいか)
(仲間がいると思うから、全部みつけてからにしてくれ)
魔獣と物騒な会話をしながら、リーユエンは自分を見上げる美女を見下ろした。
美女は軽く一礼し
「私は幻水楼の主、妙月と申します」と名乗った。美女からは沼地の濡れた水と腐ったヘドロの匂いが漂ってきた。彼は、思わず顔を顰めそうになるのをこらえ、
「騎獣の具合が悪いので、すこし休ませたいのだが・・・」と、妙月へ頼んだ。




