29 上陸本番(1)
林の中に朝日が差しこんできた。その朝日が、フード越しに差しこんできて、リーユエンは目が覚めた。ふらっと起き上がった彼女へ、太師が「お目覚めになられたか?」と、声をかけた。リーユエンが太師へ揖礼すると、
「ここから、マーレイズは、半日も歩いたら到着するだろう。あなたさえよければ出発しよう」と、太師は話しかけた。
「はい、もう大丈夫です」と、リーユエンが返事をしたので、太師は西へ向かい歩き始めた。
バサバサッと羽音が聞こえ、リーユエンは左肩に重みを感じた。アプが、肩から首を伸ばしてリーユエンをのぞき込んできた。
「おはよう、リーユエン、気分はどうだ?」
「アプ、おはよう。もう元気になったよ」
「マーレイズは、ここから十二里半行ったところだ。あそこへ行って何をするんだ?」
「もうすぐ、中央大平原からの船が港入りするんだ。その船に乗っている人たちと合流する」
「ほう、中央大平原から人がくるのは珍しいな。貨物の定期便以外、最近では人の交流はめっきり減ってしまった」
「やはり、荒天続きのせいなのか?」
「それもあるだろうが、神聖大鳳凰教に、かつての勢いがなくなったためであろうな。昔は、はるばる玄武の国からでさえ、ここの魔導の知識を参考にしようと訪れる者があったが、今、この地の魔導の水準はすっかり落ちてしまっている。まともな術ひとつ扱えない魔導士だらけだ」
リーユエンは、アプへ「どうして魔導士の力はそれほど衰えてしまったのだろう。修行の方法が大きく変わったわけではないのだろう?」と、問うた。
アプは、首を傾げ、「そうだな、昔から、修行のやり方は大きく変わったところはないな。精神集中を高める瞑想、正確な詠唱の訓練、魔導理論の習得、実践、術式の組み合わせ、呪符号の習得、それほど変わってはいないな」
「アプは、何か大きく変わったと思うことはないのか」
アプは翼を片方ずつ伸ばしては、羽の一枚一枚を嘴で丁寧に梳きながら、しばらく考えた。
「そうだなあ・・・最近、僧侶たちは、教皇を唯一無二の存在だと大層敬っておるなあ。昔は、教皇は、鳳凰の言葉を民へ敷衍する代理人の立場であったのだがなあ」
「神聖大鳳凰教は、鳳凰を敬う教えではなかったのか?」リーユエンが不思議そうに尋ねた。すると、アプはうなずき、
「そうだ、神聖大鳳凰教が最も尊いものと考えるのは、鳳凰だ。けれど、先代の教皇の晩年あたりから、教皇こそ尊ぶべき存在だと主張する者が主流となっていた」と言った。
アプの言葉に、太師も驚き、「鳳凰を尊ぶのをやめて、教皇信仰へ変わったということなのか?」と、尋ねた。
アプは頭を傾げ、「我は人の間の難しい話はよく分からないが、僧侶たちは、教皇には誤謬なし、全き聖なるお方だとか言っておったように記憶している。この二、三百年の間は特にそうだったと思う」
リーユエンが「神聖大鳳凰教の重要な儀式で、何か行われなくなったものはないのか?」と、尋ねた。
アプは「人の行いは、我にはよく分からない。だが、そうだな・・・復活の儀式というのが、二百年前、途中で中断してしまった。教皇が、我の復活の姿を見たとき、不吉だと言い出して、儀式を中断してしまったのだ。教皇の不興を引き起こした不吉の鳥だといって、我は檻の中へ閉じ込められてしまった」
アプの体がふわっと抱きしめられた。リーユエンが腕を伸ばして、アプを懐へ抱えこんだのだ。リーユエンは、アプの背中を撫でながら、「君を檻の中へ閉じ込めるなんて、酷い奴だ」と、ささやいた。そして、「教皇は、君がどんな姿に変わろうと、君の自由を奪うべきじゃなかった。君は鳥なんだから、自由に空を飛んでいるべきなんだ」と、続けた。
アプはその言葉に、思わず涙ぐんだ。けれど必死で涙を堰き止めた。「ふんっ、その通りだ。我は誇り高い生き物なのだ。教皇が、我を拘束するなんて、まったく無礼の振る舞いだ」と、ぷりぷり怒ってみせた。




