28 明妃の拾い物(7)
眠るリーユエンの側にしゃがみ込み、様子を見守りながら太師は
「あれは、この者の恐らく過去の姿だ」と、言った。
アプラクサスは、目を見開き
「過去?ひょっとしてミンは転生者なのか?」と、問うた。太師は
「詳しい事は知らぬが、猊下からはそう聞いている」と、答えた。
アプラクサスも近寄ってきて、フードに隠されたリーユエンの顔をのぞき込み
「猊下とは、誰だ?まさか、ドルチェンか?あの玄武は法座主になっておるのか?」と、問うた。
太師は、ちょっと驚き「猊下をご存知なのか?」と尋ね返した。
「うむ、九百年ほど前であったかな・・・南荒へ来たことがある。あの者は方々を旅して、南荒までたどり着いたのだ。中有に留めた幻身を、そっくりそのまま転生させたいと、その方法を探し求めておった。では、ミンが、その幻身の転生なのか?驚いたな・・・一千年かけて、ドルチェンはおのれの執念で、かつての妻を取り戻したわけか・・・」
転生を成し遂げたのは、青牙のソライであって、ドルチェンではないのだが、話が込み入りすぎるので、太師は沈黙した。
アプラクサスは「そうか、ドルチェンはとうとう法座主になったのか。では、もう玄武の国から一歩も出ることはできないのだな。あれほど、方々を旅しておった者が、あの土地に縛り付けられているとは、気の毒なことだ」と、少し感傷的な様子で言った。それから、「どうやらミンは随分若い頃に経絡を開かれてしまったようだな。これほど早い時期に体の中を触られてしまっては、普通の転身はもはや適うまいな」と言った。
太師は、ハッとして「そんな事まで分かるのか」と尋ね返した。
アプラクサスは顔をあげ、ちょっと得意げに「我には、そんな事はお見通しだ。神通力は昔に比べて随分弱くなったが、それでも、これくらいは、はっきりわかる。この子は、もともとは男子で生まれてきたのだろう。人の陽気を帯びさして、中有の幻身を引き摺り落としたという所かな?だとすると、これはドルチェンの仕業ではないということか・・・だが、せっかく身に帯びさせられた陽気も随分減ってしまっておるな。これ以上大きな怪我をさせないように注意することだ。人の陽気がなくなると、陰気が溜まりすぎて、現身を保てなくなるやもしれぬぞ」
「この方が現身を保つには陽気が必要なのか?」
「そうだ、それも、凡人の陽気の中でも極めて強力な陽気だ。玄武の陽気は役に立たない。だが、今のところは大丈夫だ。それと、転身はかなり力を使うから、なるべくさせないことだな」と言うと、リーユエンの肩の側にうずくまり
「神聖紋から、炎が吹き上がっておったな。この若さで、これだけの術をものにするとは、大した才能だが、この子は、そなたらが思っている以上に若いのだから、気をつけてやることだ。まだ、心は未熟で育ちきってはいないぞ」と、話した。
太師は眉をひそめ、「リーユエンはそれほど若いのか?」と、問うた。
アプラクサスはうなずいた。「まだ、二十歳になったか、ならずくらいではないかな」
太師は、その言葉に衝撃を受け、しばらく黙り込んだ。「そうなのか。最初に会ったとき、落ち着いた態度だったので、てっきり転身間近の年齢だと思っておった」
「ミンの誕生日を知らぬのか?」
「この方は自身の幼い頃の記憶をなくしている。その上、この方の親はもう故人なのだ。身内は、誰も残ってはおらぬ。死に絶えてしまったのだ。それに事情があって、この方の生誕の記録は公簿に記録がないのだ」
「おやおや、誰もこの子の若さに気がつかないとは、ドルチェンなら当然気がついているはずだが、執着の強さのあまり気にならないのであろうな」
ドルチェンのリーユエンに対する並外れた執着の強さは、太師にもよく分かっていたので、図星を指摘するアプラクサスには何も反論できず、眉をひそめて、ただ沈黙し、ため息をついた。




