28 明妃の拾い物(5)
南荒で、大型三胴船を接岸できる港は、マーレイズ港だけだった。太師とリーユエンが上陸した場所は、マーレイズから四十里ほど東にあった。そして港へ行く途中には、神聖大鳳凰教の教団施設があり、港へは大回りしていくしかなかった。途中は、起伏の多い森林地帯で、人家もなく一泊は野宿となった。
日没間近な森の中で、リーユエンはその辺の枯れ木を拾い集め、呪文を唱えて着火させ焚き火にした。それから船から失敬してきた酒を取り出し、ちびちび飲んだ。太師にも「お飲みになりますか」と聞いたが、「いや、わしは不要だ。あなたが飲みなさい」と言われた。
アプは火のそばにうずくまり、リーユエンを不思議そうに見上げた。
「そんなものを飲んでおいしいのか?」
「体が暖かくなるんだ。飲んでみる?」
リーユエンに勧められても、アプは首を振り、飲まなかった。
「昔、その飲み物は悪魔の水だといって禁止されていた。それから、我の世話をする者の中にも、こっそり飲むやつが現れた。何年もすぎた頃には、皆、平気で飲むようになった」と話した。
「へえ、酒が禁止だなんて、そんな場所、私は生きていけそうもないな。もう、酒なしでは生きている気がしない」と、リーユエンが言った。
太師は「最近のあなたは、酒量がますます増えていらっしゃるようだ。もう少し控えられてはどうだ。ウラナが気に病んでおった」と、焚き火をつつき、火を起こしながら言った。
「そうですね。離宮へ戻ったら気をつけます。これ以上悪い噂がたったら、ウラナに申し訳ありませんから・・・」と、自嘲気味に言うと、座り込んだまま眠ってしまった。
しばらく黙っていたアプは、黄色の目を太師へ向け
「ミンは、何か悩みがあるのか?」と、尋ねた。太師は片眉をあげ、
「どうしてそう思う?」と逆に尋ねた。するとアプは、
「ミンは、ときどき目が悲しそうだ。笑っても、楽しそうに見えない。いつも何か我慢しているように見える」と言った。
太師は、「色々生い立ちが複雑な方なので、簡単には説明し難いが、アプラクサスの見立てはかなり正確だと思う」と答えた。
「我はミンが気に入った。ミンには、もっと笑顔でいてほしい。ミンは、我をあの海岸から拾い上げてくれた。最近、これほど親身に世話をしてくれた者は誰もいなかった。昔は、皆、我の事を大切に扱ったのに、今では、野鵞鳥以下の扱いだ」と、つぶやいた。
「どうして、そのように扱いが変わってしまったのだ?」
アプは頭を傾げた。
「よく分からない。月日が経つうちに次第に変わってきたので、何がきっかけというものもなかった。ただ、我は、二百年ごとに体が焼けて再生するので、その直前はかなり見すぼらしい姿だ。それで侮られるようになったのかもしれない」
「今も、体が焼け落ちる日が近いのか」
「たぶん、そうだと思う。代替わりと、我の復活がこのたびはほぼ同時期になっているから・・・」
そう言うと、アプは膝を抱えて眠り込むリーユエンの側に近寄り、飛び上がると肩の上にとまった。そして、太師へ
「ミンには火傷の痕があるが、これは劫火に焼かれたのか?」と、尋ねた。
太師は頷き「この方は、子供の時分に、異界へ通じる穴へ投げ落とされたのだ」と答えた。
「そうか、可哀想に、劫火は青白い炎で、まともに浴びれば骨まで焼き尽くされてしまうのだ。ミンも相当痛かったはずだ」
「アプラクサスの体を焼き尽くすのは、劫火なのか?」
「たぶん、劫火と同じ類のものだ。我を焼き尽くす炎は、人が祈りのさいに捨て去る二百年分の邪念だと言われている。しかし直近の二百年前、現れた炎は以前のような青白色ではなく、ドス黒い色をしていた。体も完全には焼け落ちることなく、再生もうまくいかなかった。我は、以前と同じ姿ではなくなってしまった」




