28 明妃の拾い物(2)
黒い塊は奇声を上げ、長く尖った嘴を突き出した。リーユエンは素早く避けた。黒い塊はブルブル震え、嘴の近くに、黄色の目が見えた。リーユエンの方を、ジイッーと睨みつけ、警戒している様子だった。
リーユエンの側まで太師もやって来て
「怪我はないか」と、尋ねた。リーユエンはうなずき、
「はい・・・あれって生き物ですよね」と、戸惑ったまま尋ねた。
太師も顎に手をあて、「ゴミの塊のようにしか見えなかったが、嘴があるところを見ると、鳥なのだろうなあ」と言った。
リーユエンは、黒い外套を脱ぐと、それを広げながら、嘴を持ち上げて威嚇する鳥の背後へ回り込んだ。鳥の目の前では、太師がじっと見下ろし、鳥の注意を引き付けていた。リーユエンは、広げた外套を、鳥の上からフワッと被せ、外套の上から胴を腕に抱え込んだ。
「ギエー、ギエーッ」耳障りな声で鳥は叫んだが、衰弱しているのか激しい抵抗はなかった。
「いい子だから、大人しくなさい」リーユエンは鳥を抱いたまま、小声でなだめた。けれど、鳥は、まだ「ギエー、ギエーッ」とうるさく鳴き続けた。すると、リーユエンは腕に少し余分に力を入れ、声を低めて
「おまえ、鳥だろう。うるさくするなら、その羽をむしって、火であぶって焼き鳥にして食べちゃおうかな」と、ささやいた。その不穏なささやきを聞くや、鳥はピタッと黙り込んだ。
リーユエンは鳥を抱えたまま立ち上がると、太師へ
「どうやら、人語が分かるようですね」と報告した。
太師もうなずき「知能は高そうだな。これからどうする?」と尋ねた。
「どこかで宿を取って、この鳥?を風呂にいれて、綺麗にしましょう。こんなに汚れていては一体何の鳥なのかも分からない。おい、鳥、大人しくしてろ。おまえみたいにドロドロに汚れたのを、食べようなんて思わないから安心しろ」
と、外套の上から撫で付けながら、彼女は、鳥へ言い聞かせた。
「ケッ」と、鳥は一声不満そうに鳴くと、それっきり大人しくなった。
それから白亜の断崖を登る道をみつけ、彼らは崖の上に出た。それから二時間歩き、一番近い村に到着した。そこは漁村で、居酒屋兼食堂を営業する家があり、太師が交渉して、その家の離れ、農機具を置く物置に一晩泊まれることになった。
その家の女将は、頬がリンゴのように赤く、体全体がふくよかで、陽気な人だった。太師へ「こんな場所しかなくて、すみません。昔は宿屋もあったんですが、最近の悪天候続きで、旅人なんか来ることがなくなってしまいましてね。中は綺麗にしてありますから、安心なさってください。あとで、毛布はお持ちしますね」
太師は女将へ心付けを渡しながら、「私の弟子の使い魔が途中で海に落ちてしまい。体を洗ってやりたいので、盥を貸していただけないか。それと井戸の場所を教えてくれ」と頼んだ。女将は、手桶と大きな盥と毛布を持ってきてくれ、井戸の場所を教えてくれた。
女将が家の方へ戻ると、眉を八の字にした太師は、リーユエンへ、「あなたをこのようなところに泊めるのは、実に心苦しいが、こらえてくれ」と言った。
リーユエンはふっと笑い、「私は、野宿には慣れてますから平気です。気になさらないでください」と言った。それから「井戸から水を汲んできます。この鳥を見ていてください」と言った。
四往復して盥を水で満たすと、リーユエンは外套から鳥を出してやった。そして鳥へ向かって「今から、この盥の水を温める。おまえの好きな暖かさになったら一回鳴いて合図しろ」と指示した。鳥は、彼女を見上げて真剣な様子でうなずいた。
リーユエンは小声で呪文を唱え、広げた手のひらを盥の水面の上で翳した。すると、水の温度が上がってきた。鳥は嘴を水につけ、途中で一声「ギッ」と鳴いた。そこで、術をやめるとリーユエンは、手桶でお湯を鳥へかけた。
その様子を見ていた太師が、「汚れが酷そうだから、石鹸とタオルをもらってこよう」と言い、家の方へ出かけた。




