27 南荒へ上陸(8)
玄武紋が一瞬強く光ると消え、あたりは闇となった。ダルディンは、海面を泳ぎ、船へ近づいた。ヨーダム太師が、上から二人をみつけ、術で引き上げた。
南洋海の水温は非常に低いため、船に上がった明妃は、カタカタと歯がなるほど震えていた。ダルディンは、彼女を抱いたまま、客室へ急いでもどった。
「明妃殿下、ご無事でしたかっ」
ウラナが涙目で駆け寄った。
「ぶ、無事よ、でも、寒い、滅茶苦茶寒い」
ウラナは部屋中からタオルを持ってきて、明妃の体を拭いた。ダルディンも体をふいたが、玄武の彼は、冷たい海水の影響はほとんど受けなかった。けれど明妃の方は、体が冷え切っていた。
明妃は、ウラナへ「船長のバンドンのところへ行って、隠している酒を寄越せと言って、老師の言いつけだといえば、あいつは言うことを聞くから」と言い出した。
「エエッ、またお酒でございますかっ」
ウラナは頬に両手を当て、思わず叫んだ。しかし、その程度の反応で、明妃が要求を取り下げるはずもなく
「だって、寒いんだからしょうがないじゃないっ、お酒を飲んで、体を温めるしかないでしょう、早く行ってきてっ、寒くて死にそうなんだからっ」と、さらに訴えた。
死にそうとまで言われ、ウラナは顔色を変えて飛び出していった。
ダルディンは、明妃の顔を覗き込み「本当に、そんなに寒いのか」と尋ねた。
ダルディンに抱かれたままの明妃は「私はあなたと違って体が冷えやすいのよ」と訴えた。確かに体が細かく震えていた。
明妃は、ダルディンを紫色の眸で意味ありげに見つめ、
「裸で暖めあう方法もあるけれど、玄武紋がこれ以上光ったら、私は火傷してしまうもの」と、皮肉な口調で言った。
ダルディンは、拗ねた表情の明妃を、何だか可愛いなと思いながら、
「・・・確かにその方法があるな」と、呟いた。
明妃は、ものすごく不機嫌な顔つきになり
「猊下には、暖かいが禁句なのよ。私が人肌が暖かいなんて、思おうものなら・・・」と、額に手を当て黙り込んだ。
その様子を見て、ダルディンは、ハハァーン、伯父上は、何かやらかしたのだな、と悟った。
しばらく待っていると、ウラナが船長とともに戻ってきた。
船長のバンドンは、明妃を抱いたまま長椅子へ腰掛けたダルディンの前へ駆けつけ、土下座した。
「明妃殿下、大公殿下、クラーケンを退治していただきありがとうございました。沈没するところを、危うく免れることができました」
ダルディンが
「船は航行を続けられそうか」と尋ねると、船長は
「はい、横転しかけましたが、損傷箇所はありません。ただ曳航中の鮫人が何人か負傷しました」と、回答し、それから、おそるおそる懐から酒瓶を取り出し、
「明妃殿下のご注文のお品を届けにまいりました」と、そっとテーブルの上に置いた。
明妃が酒瓶を取ろうと伸ばした手を、ウラナがピシャリと叩き、
「それは、お預けです。船長に頼んで、共同浴場を貸し切りにしましたから、今からすぐご入浴なさってください」
「ええぇぇっ、お酒〜」半泣きの明妃を無視し、ウラナはダルディンへ
「大公殿下、そのまま浴場まで、明妃を連れていってくださいませ」と、頼んだ。
明妃はうるうると涙目でダルディンを見上げた。ダルディンは、思わず胸にグッときたけれど、先代の明妃に仕えたウラナの指示には、長幼の序列から逆らい難く
「明妃、お風呂に入ったら体は温まるだろう。お酒は逃げないから、入浴しなさい」と言い聞かせ、抱いたまま立ち上がると、浴場へ向かった。
(ウラナの独白)
明妃は本当に勇敢なお方です。太極石をお持ちだとはいえ、たった一人でクラーケンに挑まれたと聞いて、私は心臓が止まりそうでございました。けれど、それと同時に、悪知恵もよく回られます。凍えているのを言い訳に、ちゃっかりお酒をせしめてしまわれました。けれどその前にご入浴です。海水の塩分で、お髪もお肌も荒れてしまいます。大公殿下に入り口で見張っていただき、浴場の中で徹底的に洗浄させていただきました。




