27 南荒へ上陸(2)
「高貴なお方って、どんな人なんだ?」
「明妃って呼ばれてるらしいぞ」
「北荒玄武国の法座主って偉いさんの愛人らしいぜ」
「邪術を使う魔女とかって聞いたがな」
「中央大平原で国へ引き返したと聞いていたが、あれはガセネタだったのか?」
鮫人たちは海の中から、頭だけ突き出しておしゃべりしていた。時間が来ると、三胴船と桟橋の間に可動式の階段が下ろされ、乗船が始まった。
「ひょっとして、あの団体がそうかな」
鮫人のひとりが指差した先に、真っ白な天蓋がさしかけられた下に数人の女性がたたずんでいた。先頭は、侍女頭のウラナと、二日酔いがややましになったシュリナだった。つぎに乾陽大公ダルディンが続き、その腕に軽くつかまり付き添われる形で明妃が現れた。今日の明妃は、全身が透けて見える薄い紗のヴェールを頭から被り、ヴェールを額から後頭部へ、白金で繊細な草木紋様の透かし彫り細工をした輪をはめて留め、裾に銀糸で細かく青海波紋様を刺繍した水色の裙、上は立襟仕立てで、無地のうっすら青味を帯びた白い衫、首飾りは真珠のみの三連で、袍は、少し暗い青地の上に、銀糸の総レースの襲となっていた。髪は、後ろで青いリボンで結び止めてゆるくまとめ、背中へ流してあり、顔の左側は白金の面覆いで隠されていて、一方、右側は、紫色の眸は宝石のように輝き、優婉な笑みが浮かんでいた。
鮫人たちは、その神秘的な出たちに、頭がぼおっとしてしばらくは言葉もなく見惚れていた。
明妃の後ろから、アーリナとユニカが、揃いの白梅鼠の衫に、裙は薄紅梅の地に金糸と茜色を縦縞にいれたもの、淡い若草色の領巾姿で、しずしずと階段を登った。
船主兼船長のバンドンは、明妃の乗船を、甲板の上で直立不動で待っていた。甲板へ上がってきたシュリナに気がついたバンドンは、駆け寄った。まだ二日酔いが残るシュリナは力無く笑い「昨日はお世話になったな、バンドン」と声をかけた。
バンドンは「明妃殿下は?」とささやいた。するとシュリナは
「もう大公と一緒に上がってきているよ」と、教えた。
そしてバンドンは見た。
昨日は商人に扮していた玄武が、濃緑の上衣と袴に黒の袍という玄武の装束で現れ、「これからしばらく世話になる。よろしく頼むぞ。船長」と、声をかけた。
バンドンは拝礼し「おまかせください」と返事をした。
そして、彼の腕にもたれかかるようにたたずむ女、全身を透けて見える白い紗のヴェールで覆いつくし、そこから銀のレースが青い袍の上で霧の中を通り抜ける月の光のように輝き、白金の面覆いで半分顔を隠した、紫の眸の天女がバンドンへ微笑みかけた。
拝礼する彼へ、「バンドン、よろしくね」と、しっとりとした優しい声が頭の上から降ってきた。はっとして顔を上げると、誰か見知らぬ美しい女人が微笑んでいた。
(本当にこの女人と老師が同一人なのか・・・信じられないぜ)と、呆然とするうちに彼らは通り過ぎ、船内へ入ってしまった。




