27 南荒へ上陸(1)
翌朝、二日酔いのシュリナはウラナに叩き起こされた。
「シュリナ、起きなさい。今日は忙しいのだから、いつまでも寝てないで、起きなさいっ」と、頭の上からウラナの声が降ってきたが、
「頭が痛い、死にそう。もう今日は見逃して・・・」
と、シュリナは、ガンガンする頭を掛け布団の中へ潜り込ませた。
けれどウラナは掛け布団をめくり取り、「そんな事知りませんよ。今日は船に乗るのだから、明妃の身支度を始めるのよ。風呂のしたくを手伝いなさい」と、言いつけた。
掛け布団を剥ぎ取られたシュリナは渋々起き上がり、ウラナの後に従い部屋を出た。そして、明妃の入浴準備を手伝わされた。
シュリナは、ウラナから指示されるまま、二日酔いでガンガンする頭で、茉莉花の香油や柔らかい布を用意し、お顔のパックのために、カオリン土とハチミツとウラナ特製の茉莉花の香油も用意して、乳鉢で擦り合わせた。
風呂場に入ってきた明妃は、ウラナとシュリナへ「おはよう」と声をかけた。
シュリナは内心(私の倍以上飲んでたはずよ。それなのに、どうして二日酔いしてないのよ。あんなにケロッとして異常だわっ)と思った。
ウラナは、浅めにお湯をはった茉莉花の香油入りの湯船につかる明妃の顔にパックを塗り、両手、両足もパックした。
「手足もパックするんですか」と、シュリナが確認のため尋ねると、
ウラナはきっと睨みつけ「本当なら、身体中全部したいところです。お酒の匂いを早く抜いてしまわないと」とささやいた。確かに今日の明妃からは、何となく甘ったるしい匂いがして、昨日の酒が思い出された。
ウラナには、今日は何を言っても怒られるだけだと諦めている明妃は、彼女のしたいようにさせて、大人しくしていた。
顔中パックで真っ白で、風呂桶からパックした白い手足をだらんとはみ出させたまま明妃はじっと我慢し、その間、長い髪をウラナが洗髪し、香油をつけて髪パックも施した。一時間以上かけて入浴が終わった頃、もうシュリナは、二日酔いと湯気にのぼせたのが相まって、倒れそうだった。
それに気がついた明妃が、ウラナへ「シュリナはもう限界だから、休ませてあげなさい」と指示してくれ、シュリナはようやく部屋へ下がることができた。部屋の寝台へ倒れ込みながら、シュリナは(あれだけ大暴れして、あれだけ飲んだのに、あの作業を耐えられるって、リーユエンあんたは本当に偉いよ。尊敬するよ)と思いながら、もう一寝入りした。
一方、明妃の方は、ウラナが体中に茉莉花の香油を塗りこんでマッサージし、髪を乾かした。その後茉莉花の香油をつけて念入りに梳られ黒髪は、顔が映りそうなくらい艶が出た。朝からウラナは、明妃を磨き立てる作業をほとんどひとりでこなした。 明妃は、ウラナの熱心さに感心し、感謝もしていたけれど、本当のところは、少々不自由で、清潔でなくても、野外で寝泊まりする生活がしたかった。交易で方々旅している時の方が、生きている感じがするからだ。明妃らしく振る舞うことには、もう慣れてはいたけれど、それは振り付け通りに動く人形のような生活で、諦めと忍従を強いられるものだった。
彼女は、胸元をそっと押さえた。
胸と背中に焼き付けられた玄武紋からは、ドルチェンの底知れない執着と愛情が、意識すればいつも伝わってきた。それは、時に息苦しい気分になるほどで、一時でもその事を忘れたくて、明妃としては、玄武国第二位の身分として離宮に縛られる生活を送りながら、時に隊商と行動をともにする、リーユエンとしての、二重生活を送ってきたのだ。
入浴が終わり部屋へもどると、ウラナが「朝食はどうなさいます?」と、尋ねた。それに明妃は首をふり、「要らないわ」と答えた。
ウラナは眉尻を下げ、「あなたは、お酒を飲み過ぎると、お食事を摂らなくなっておしまいになるから、飲みすぎてはいけませんとご注意申し上げているのに、それ以上お痩せになったら、あつらえた衣装も合わなくなってしまいますよ」と、話しかけた。
明妃は、椅子に腰掛けたままウラナを見上げ、「金杖の王太子殿下や、王女殿下が酔い潰れるまで、立ち入った話ができないから、酔い潰れるのを待っていたのよ。そしたら、思ったより飲んでしまっていて、ごめんなさい」と、素直に謝った。
「仕方ございませんね。それで、何か分かったのですか?」
ウラナが、衣装を運んできて、着付けを始めながら尋ねた。
明妃は、姿見の前に立つとうなずき「襲名披露式を延期したくなるほどのトラブルが起こっているらしいのよ。で、その原因を探ってみたいから、船に乗ったらすぐに私は先見のため瞑想を行うから、明妃は船酔いがひどくて寝込んでいるということにして、誰も私の部屋へ近づけないでちょうだい」と指示した。
「畏まりました。お申し付けの通りいたします」と、ウラナが拝命した。
バンドンの持ち船である海蛇号は、荒天続きの南洋海を渡るため、特別仕様の三胴船だった。両側に転覆を防ぐためのフロートが取り付けられ、真ん中が船体となっていた。そして動力は、海中で船を牽引する鮫人たちだった。先代大親分との闘争に勝利し、現在大親分である彼は鮫人族の長老となった。その長老の持ち船が、遠い北荒の地の高貴なお方を乗せる御座船に選ばれ、曳航する鮫人たちは海中から、その高貴なお方を一目見ようと顔をのぞかせていた。




