26 ビアンチャンの大親分(2)
ビアンチャンの街は港を中心に、港の西側で早朝開かれる魚の卸市場と、街の中央広場で定期的に開かれる農産物を持ち寄って売買する市場、同じ場所で不定期に開かれる騎獣や家畜、家禽の市場、あと広場の周囲の回廊ぞいに常設市場があった。回廊を通り抜けると、建物が密集し人ひとりやっと通れるぐらいの路地の入り組んだ下町があり、そこは飲食店や、妓楼、賭場まであり、南洋海の船乗りが、もらったばかりの賃金を散財する歓楽街となっていた。
大公とリーユエンが港へ、明日乗る船の確認へ行った頃、サンロージアとシュリナたちは、回廊の中の市場を散策していた。好奇心のおもむくまま、市場の奥の方まで入り込んでしまい、気がついたら、市場がなくなり、入り組んだ路地の中に紛れ込んでいた。地元の通い慣れた者でなければ、この薄暗い路地の中で目的地へ辿り着くのは難しく、彼女たち四人は、道に迷ってしまった。
「困りましたわね。市場へもどる道が分かりませんわ。それに私、さっきから足が痛くなってきて」
サンロージアは、少し散策するつもりで、今日は刺繍入りの室内履きのような華奢な靴を履いてきた。それなのに、思っていた以上に長い時間石畳の道を歩いて、薄い靴底のために足が疲れてしまった。それで彼女は、影護衛へ、「ニンマ、道に迷ったわ。出口を探してきてくれない?私たちは、お茶を飲んで休憩して待っているから。そうだ、あの角の大きな茶楼にいるわ」と、路地の向こうに見える二階建ての茶楼を指差した。ニンマは影のまま「承知しました」とささやき、出口を探しに行った。そして、彼女たちは茶楼へ入った。
ちょうど、正午をすぎたばかりの茶楼は満員で、地下の席へ案内された。お茶と、おすすめ料理を数品注文し、シュリナは店員を呼び止め「お姉さん、茉莉花酒の特急があったらつけてよ」と、頼んだ。
店員は、一瞬身を強張らせたが、「かしこまりました」といい、奥へ下がった。
すると、奥から、大柄で、左目に眼帯をはめた人相の悪い男がやってきて、「茉莉花酒の特級を頼んだのは、おまえか」と尋ねた。
転身すれば虎になるシュリナは怖いもの知らずだから、人相の悪い男にも怯える風もなく「そうだけど、置いてないのか?」と、尋ね返した。
男は、ニヤーッと笑い「いや、ちゃんとあるぜ。おまえら、俺について来い」と言った。
ところが、アーリナは「ご飯が食べたいのに〜、シュリナだけ行きなさいよ〜」と文句をいった。
すると男は「飯なら向こうで奢ってやる。おまえら、飯より大事な目的があるんだろ。早く着いて来い」と急かした。
サンロージアは、またもや好奇心が刺激され、「おもしろそうだわ。早く行きましょうよ」と、立ち上がった。
けれど、用心深いユニカは椅子に座ったまま「やっぱり私はここに残ります」と言った。ところが、サンロージアがユニカの手を握り、「そんなこと言わないで、一緒に行きましょうよ。おもしろそうじゃないの」と言って、引っ張るように連れていってしまった。
影護衛のニンマは、五階建の建物の屋上へ上がり、市場までの経路を確認してから茶楼へ入った。中を見回しても彼女たちの姿がなかった。実体化して、店員を呼び止め、彼女たちの風体を説明して尋ねたが、知らないと言われてしまった。けれど、王女殿下の気配は、その店の中に確かにあった。ニンマはデミトリーへ知らせて、加勢を頼もうと思い、市場へ出た。そこで、乾陽大公の姿をみつけ、迷わず声をかけた。
「大公殿下」
足元からの声に、ダルディンは眉を跳ね上げた。
「おまえは、金杖の影護衛か」
「はい、王女殿下付きのニンマと申します。この先の満月茶楼という店で、彼女を見失いました。他にシュリナさま、アーリナさま、ユニカさまが、店内でお待ちのはずが、姿が見当たらないのです」
「別の店へ行ったのではないのか?」
「いいえ、王女殿下の気配は感じられるのですが、お姿が見当たらないのです」




