25 明妃の噂(7)
デミトリーは、暗示にかかって騒いだ者には、またこんな騒ぎを起こしたら無事ではすまないと、散々に威しつけてから釈放し、最後にバザムについては、領事館の者へ、自分達が南荒から帰ってくるまで留置しておくように命令した。
そして、彼らはまた宿屋に戻った。
宿屋の入り口では、シュリナが待ち受けていた。明妃の姿をみつけるや駆け寄り、
「私を置き去りにするなんて、ひどいよ。おもしろい事なら、私も誘ってよ〜」と訴えた。
明妃は肩をすくめ「南荒の僧侶が私の悪口を言いふらすから、牢屋にぶち込んでもらっただけよ」と、言った。
シュリナは目を輝かせ、「何、それ、滅茶苦茶おもしろそうじゃないのっ。さっき、宿の前で騒いでた連中もそうなんでしょ。あなたのこと淫妃とか、穢らわしい魔女だとか言って騒いでたわよ」と、言いながら、どんな仕返しをするつもりなのかと、胸をわくわくさせた。
ところが明妃は、「淫乱とか穢らわしいなんて、散々言われてきたから、今さらって感じね。それより、邪術って言われたのが本当に腹が立つわ。私は、ちゃんと魔導士学は修めたのですからね」と言うと、その横でヨーダム太師がうなずき
「まったくその通りだ。わしの弟子の中でも、抜きん出て優秀なあなたを、邪術を使うなどと、まったく許し難い」と話した。
大公は苦笑いし、「とにかく中へ入りましょう」と、うながした。
デミトリーとサンロージアは、その会話を聞いて顔を見合わせた。ふたりとも、明妃が気にするのは、そっちの方なのか、それって気にするところが、世間の常識とは、ずれていませんか?と、思ったのだ。
サンロージアは、またもや明妃に近づき、「ねえねえ、淫乱とかって散々言われてきたって誰に言われたの?」と、無邪気に尋ねた。
明妃は「それは・・・」と、口籠り、乾陽大公をちらっと見た。
大公が代わりにサンロージアへ「彼女が明妃になった当初から、猊下のお身内、つまり我々八大公の一族の中で、そういう事を言う者が多くいたのです」と、答えた。 サンロージアは、それを聞いて目を潤ませ、
「明妃って、小姑にいじめられて苦労してきたのね。お気の毒に・・・」と言った。 明妃は、黙って肩をすくめた。
応接室へ入ると、デミトリーは、明妃へ
「これからどうする?」と、尋ねた。明妃は、
「あの高位聖職者は、明妃を上陸させるな、鳳凰に近づけるなと指示していたから、私は一日でも早く南荒に上陸し、鳳凰に近づこうと思う」と答えた。
乾陽大公ダルディンもヨーダム太師も賛成してうなずいた。
明妃は続けて「それだけでは、おもしろくないから、明妃は、ひどい噂に怒って途中で引き返した。座主の名代を誰にするかで、使節団の中で揉めているという偽情報を流そうと思う」と言うと、サンロージアとシュリナが目を輝かせ
「それ、おもしろうそう」と賛同した。
「例の臨時雇いの男に、偽情報を拡散させればいいな」と、大公が提案した。
それにうなずくと、明妃は「ということで、私は玄武国へ引き返したということにするから、移動中は、魔導士の格好でおります」と、宣言した。そしてシュリナへ
「南荒へ上陸後もしばらくは様子を見たいから、あなたが、私の代役をしてちょうだい」と頼んだ。けれどシュリナは
「ええっ、私は、あなたみたいに女らしく振る舞えないし、あなたの服は私には全然似合わないから、すぐバレちゃうよ」と反論した。それに対して明妃は
「ヴェールで、全身隠しておけば大丈夫。どうせ、私の顔を知っている者が南荒にいるはずないし、本番の儀式では、私本人がちゃんと明妃になるから、心配いらないわ」と、説得した。しかしシュリナは
「あなたの真似なんて、辛気臭くて退屈で死にそうだわ。考えただけでも蕁麻疹が出そうよ」と、愚痴った。
すると、明妃はフフッと薄笑いを浮かべ、シュリナへ近寄ると、耳元で「ねえ、シュリナ、龍の心臓化石はまだ少し残っているんだよ」と、低い声でささやいた。




