2 金杖国の王子様(8)
続きを躊躇うリーユエンへ近づくと、国王はその肩に手を乗せた。
「もちろん、王子の身分としてではなく、食い詰めた若獅子として参加させる」
『食い詰めた若獅子』とは、家族から独立しろと家から追い出され、まだ一家を立ち上げることができない若獅子のことだ。デミトリーは、父王の容赦のなさに、顔を赤らめた。
「しかし、陛下、警護の問題があります。いくら微行とはいえ、ご身分の高いお方を警護なしに、雑多な者の集まりである隊商に参加させるのは危険ではありませんか」
厄介事を避けたいリーユエンは、王へやんわり断りを伝えようとしたが、
「警護の事なら、心配いらん。こちらから、影護衛を一名つけさせる。何、警護するだけで、そなたらの商売や行動については、一切干渉させん」と、逆に押し切られてしまった。
「畏まりました」と、リーユエンは拝礼した。
翌日、王子と落ち合うことを決めて、ふたりが退出したあと、王の足元から影が立ち上がった。
「今の話、聞いておったであろう?」
王の言葉に影護衛がうなずいた。
「なかなか曰くありげな男だ。王子を押し付けられて困っていたが、結局引き受けおった。我らとは、事を構えたくないのだろう。ヨーク、おまえがデミトリーの影護衛を務めてくれ。それと、あの男からも目を離すな」
「御意」
ヨークと呼ばれた影護衛は、また影へ戻ると、今度はデミトリー王子の影となった。
「父上、どうして、あんな商人風情と私が行動を共にしなければならないのですか」
デミトリーが、父王へ不満を訴えると
「おまえは、先ほどのあの男の態度を見て何も気が付かなかったのか」と、王から逆に尋ね返された。
「気づくって何をです?ひどい火傷を負って、気の毒な奴だと思いましたが・・・」
「朕の気配に当たっても、まったく恐れる様子も怯む様子もなかった。視線は常に安定して、冷静そのものだった。グレナハの名を出せば、動揺するかと思ったが、それすらなかった。普通の者なら、あのように冷静さを保ち続けることはできないはずだ。あの男は意図的に自分自身を偽っている。王子よ、おまえも、もう少し自己制御に長けるべきであろう」
金獅子族の王の放つ王気は強大で、何人であろうともひれ伏さずに済ますことはできないと言われている。確かにそれを真正面から受けて、リーユエンは冷静さを失うことがなったのだ。父王の言葉に、デミトリー王子は、ぐうの音すら出なかった。けれどひとつ気になったことを尋ねた。
「父上、グレナハとは何者です。どうしてあのように唐突に、あの男へ聞いたのですか」
国王は顎を指先でつまみながら、太いため息を吐いた。
「昔、朕はグレナハを間近で見たことがある。グレナハは族滅させられた紫一族の族長の妻だった。ただ大長老のソライともただならぬ関係にあったと、当時は噂になっていた。リーユエンとやらの右側の顔は、グレナハの顔にそっくりなのだ。おそらく縁者に違いないと思う。大牙に行ったことがないというのは、偽りであろう」
やたら圧をかけてくる獅子親父にしてやられた・・・というのが、リーユエンの本音だった。まさか王子を押し付け、監視役に影護衛までつけられるとは予想外だった。王命である以上、正当な理由もなく断ることはできないし、断れば、敵対したことにもなりかねない。結局引き受けるしかなかった。それに、国王はグレナハの名を出してきた。金杖国の王がどうして彼女の名を知っているのか不思議だった。王も若い頃に大牙へ行ったことがあるのだろうか。しかし、今のリーユエンの立場で、それを聞く事は危険すぎた。ただ、自分の右側の顔が彼女の顔に似ているというのは貴重な情報だった。正体を気づかれる危険もあるが、利用できるかもしれなかった。
(あーあ、暴れるチャンスがあるかと思ったのに、結局デミトリーは肩透かしだったな)と、魔獣が呟いた。
(昨日、生気を山ほど吸っただろう。今度は四日後にしてくれ)
(エエッ、なんで?いつも三日おきだろう)
(通行税で足止めされたせいで行程が遅れている。三日の間は、ぶっ通しで移動するから、四日空けてもらう、おまえに生気を吸われて、騎獣に乗れなくなったら困る)
(チェッ、分かったよ。四日待ってやるよ)
カリウラが、ぼんやり考え込んでいるリーユエンへ、
「おまえ、右手の怪我をわざと治さずに放置していたのか」と、聞いた。
リーユエンは、カリウラを見て
「いや、忘れていただけだ。偶然だ」と答えた。
カリウラは、(フンッ、どうなんだか・・・本当に転んでもただでは起きない奴だよ)と思った。




