25 明妃の噂(1)
デミトリーは、怖い顔つきになり、妹へ
「おまえ、入浴しているところをのぞくなんて、そんなの見つかったら殺されても仕方ないところだぞ」と、注意した。ところが、サンロージアは肩をすくめ
「あら、入浴中を狙ったわけじゃないもの、たまたまよ、でも、どうして大慌てでこちらに連れてきたのかしら・・・もう少しお話ししたかったのに、お肌が綺麗だから、お手入れ方法も聞いてみたかったのに・・・」
と、残念そうに言った。
「おまえ、自分が何をしたのか分かっていないようだな」
デミトリーは、もう頭を抱え込みたい気分だった。
「何をしたっていうのよ。ただ、こっそり忍び込んだだけじゃないの」
「バカッ、よく考えてみろ。おまえは、未婚の王女なんだぞ。あの宿には、玄武の乾陽大公も宿泊しているんだ。そんなところへ、王女であるおまえが夜中に忍び込んだのが他人に知られでもしてみろ、下手したら、おまえは乾陽大公と結婚しなきゃならないってことにもなりかねないんだぞっ」
サンロージアは、明るい青い眼を見開いた。
「えっ、そうなの・・・でも、私のお目当ては彼じゃなくて、明妃だったのよ」
「世間にそんな言い分が通るとでも思っているのか。他人から見たら、おまえが、乾陽大公目当てで、はしたなくも宿へ忍び込んだと思われたって仕方ない状況じゃないか」
「・・・・なるほど、そういう見方になるわけなのね。では、明妃はそれを気にして、あんなに素早く私をこちらへ送り届けてくださったわけ?」
「みつかったのが、明妃で感謝するんだな。他の奴だったら、とんでもない醜聞になるところだ」
「あら、あのマントは気配だって消えるのよ。普通は見つからないはずなのに、どうして明妃にはバレっちゃたのかしら・・・本当に不思議な女だわ。ますます興味が湧いてきたわ」
デミトリーは椅子から立ち上がると、サンロージアへ近寄った。そして、彼女の顔をのぞき込んだ。その顔つきは、彼女が怖いと感じるほと、真剣そのものだった。
「ロージー、明妃に興味本位で近づくのはやめろ。あの人は、興味本位で軽くあつかっていいような人じゃないんだ。おまえが、興味本位で、知ったことを適当に言いふらしたりしたら、妹のおまえでも許さないからな」
「お兄様・・・」
今まで見たこともない、兄の顔の表情に、サンロージアは感動した。
「お兄様は、やはり、あの明妃の事を愛していらっしゃるのね。禁断の不倫愛に苦しんでいらっしゃるのね」と、兄を見下ろし、目をうるうるさせた。
「はあっ」と、叫び、デミトリーは、己の髪に手をつっこんでグシャグシャと揉んだ。
「おまえ、俺の言ったことをちゃんと理解できたのかっ?」と、叫んだ。
「分かっておりますわ。お二人は禁断の恋に苦しむ間柄なのでしょう」
「バカッ、違う、そんなんじゃない。恋なんかじゃない・・・あいつは、法座主の寵妃なんだ。誰も触れてはいけない女なんだ」
デミトリーの言葉には、苦悩がにじんでいた。
「お兄様、もう何もおっしゃらなくてもよろしくてよ。私だって、ちゃんと心得ております。お兄様や、明妃のお立場が悪くなるようなことはいたしませんから、ご安心くださいませ」と、ひとり合点した。
(ああ、ダメだ、言えば言うほど墓穴を掘っている気がする・・・リーユエン、許してくれ、俺ではこいつの暴走が止められない〜)
翌朝 明妃の部屋を訪れたダルディンは、呆然と立ち尽くした。
(俺は何を見ている?これは幻か・・・明妃の背中の上に、ウラナのお尻が乗っているって、どういうことだ?)
ダルディンに気がついたウラナが、明妃の背中の上で、
「大公殿下、お早うございます。ただいま、明妃は、お体のお手入れ中なので、しばしお待ちくださいませ」と、説明した。
「ウ、ウラナ・・・まだ、やるの?」
下から明妃の弱々しい声が聞こえた。




