2 金杖国の王子様(7)
面覆いの下から現れた左の半顔は、火傷の後が生々しく残り、目が潰れていた。
国王は、玉座の前にある五段の階を自ら降りてきて近寄り、リーユエンの顔をじっくり眺めた。デミトリー王子も、火傷で変色し引き攣れた半顔を、呆気にとられて眺めた。
しばらくして、王が尋ねた。
「その火傷はいつどこで負ったのだ?」
「故郷で戦乱があって、焼け出されました」
リーユエンは感情の抜けた声で答え、それから左腕の袖を捲り、いつも身につけている黒皮の甲当てを外した。そこにも、火傷の傷跡があった。
今度はデミトリーが、不機嫌な声で
「どうして、そんな物々しい防具を身につけている?」と、聞いた。
「私は、傷を負うと治りにくい体質です」と言い、右手を上げて、赤い傷口が開いたままの甲を見せると、
「これは四日ほど前に怪我をして、まだ傷口が完全に塞がらない。火傷の跡も皮膚が薄く傷つきやすいので、面覆いや甲当てで保護しています」と、答えた。
デミトリー王子が、まだ疑わしげに
「おまえは魔導士ではないのか?」と、しつこく尋ねた。
リーユエンは右側の眉を上げ
「私が魔導士なら、こんな火傷の跡はきれいさっぱり治してしまいますよ」と、言った。
しばらく黙り込んでいたデミトリーは
「疑って悪かった」と、小声で謝った。
「もう、面覆いを付け直してもよろしいですか」と、尋ねるリーユエンへ、国王はうなずいた。カリウラに手伝ってもらい、面覆いと甲当てを付け直した彼へ、国王はふと思いついたかのようにさりげなく、
「リーユエン殿は、グレナハをご存知ではないかな?」と、尋ねた。
リーユエンは首を傾げ
「グレナハ?知りません」と、答えた。
彼の表情の変化を注意深く観察していた国王は、さらに何気ない調子で、
「大牙の国で、昔知られた絶世の美女がいた。その女人の名がグレナハだ。そなたの右側の顔を見ていたら、なぜか彼女の名が思い浮かんだ」と、話した。
王の言葉に、リーユエンは
「大牙の国には、まだ行ったことがないので、そんな美女がいるのならお目にかかってみたいものです」と、言った。
王は続けて
「これから西荒へ交易に行くのなら、大牙の国にも入国するのであろう。そなたの右側の顔を見れば、グレナハを懐かしむ者は多かろう」と言った。
リーユエンは眉を寄せ、不思議そうに
「私は男ですから、美女には見えないでしょう」と、言った。
「はははっ、そうだな、そなたの言う通りだ」と、王は大笑した。
それから王は、デミトリーを指差し、
「今日は愚息がそなたを侮辱し、法廷で刃傷沙汰に及びかけた。その事は父である朕からも謝罪する。それで、国王としては我が愚息を王族の法に則り、処罰しなくてはならない」と、話した。
国王の話の方向の予測がつかないリーユエンは黙って聞き続けた。
「デミトリーは王族としての立ち居振る舞いは身についているものの、世間というものを知らなさすぎる。リーユエン殿の事も、巷で広がる悪意ある噂を裏付けも取らずに信じ込んだため、失礼を働いた。愚息には、実地の経験が必要なようだ」
リーユエンとカリウラは顔を見合わせた。悪意ある噂とはいえ、実際のところは当たらずとも遠からずで、結構真実に近いところをついてきていた。それが分かっているふたりは、沈黙を守った。追放処分なら、辺境警備兵士団への派遣でも決定するのだろうと、二人とも予想していたが、王の次の言葉は、完全にふたりの意表を突いた。
「せっかくリーユエン殿が後援する隊商が、金杖国を通過しようとしているのだから、この機会に、デミトリーを隊商の荷物持ちでも何でもよいから、仕事を与えて参加させてはもらえんだろうか?隊商とともに行動すれば、世間というものを知るよい機会になると思うのだ。それに、王位につく前に、他国を知ることも大切な事だ。滅多に行く機会のない西荒に行けるのだから、是非連れていってやってもらいたい」
王は一気に話した。リーユエンは、王の言葉に茫然自失の王子を見てから、国王へ
「恐れながら、王位第一継承者という尊い身分のお方を隊商の荷物もちでお雇いするわけには・・・」と、困惑した様子で言葉を途切らせた。




